宮崎駿監督の引退を違う角度で考えてみた

宮崎駿監督の引退を違う角度で考えてみた

 

宮崎駿監督の引退報道があった。こういう仕事をしている方は、サラリーマンと違って自ら幕を下ろさなければならない。過去にも似たような引退報道があったが今度は本当らしい。
ジブリ内にこのアナウンスがあったのは8月のお盆前の時期だったと聞く。アナウンスは監督自らジブリのマネージメントになされ、それぞれの部署に所属する社員にはマネージメントから伝えられたようだ。

伝えられた社員、特にアニメーターたちには相当のショックだったと聞く。

宮崎監督は現在72歳。いずれ引退することは確実だった。ここ10年の間に何度も引退話は出ていたが、「風立ちぬ」の完成と公開の中、まだ次回作が作れるのではないかという漠然とした雰囲気はまだ社内にはあったようだ。

現在ジブリでは2013年秋公開の高畑監督作品と14年度に公開される作品を制作中らしい。この新作2作の公開を以てジブリ制作と配給は事実上終了となる。
ジブリブラントは1代限りということだ。孤高のクリエイティブ・ブランドを引き継ぐのは誰にとっても容易ではないが、それを自ら証明してしまったような事象となった。

今後のジブリの活動に予想されるのは、過去のアーカイブを再配給、再発売、及び管理をすることだろう。ひょっとしたら将来的に庵野監督が何らかの形で引き継ぐ可能性を考えてしまうが、エヴァンゲリオンシリーズが終わるまではとても無理だろう。

 

私はこのニュースに接した時、思わず従業員の殆どを占めるアニメーターの人々の気持ちを考えてしまった。アニメーターの方々は宮崎監督の従属的な位置で働いている。言うまでもなくジブリのエンジンは宮崎駿監督だからだ。しかしアニメーターがいなければ映画は成立しない。背景、色塗り、美術など宮崎監督の指示下で制作される実務領域の殆どは彼らの仕事の賜物とも言える。
ジブリに働くアニメーターの殆どの人々は、エンジンである宮崎駿監督を支えてきたに違いない。人によっては長い年月を共にした方々もいただろう。
しかし宮崎監督が引退となれば、少なくとも制作関係部門は完全に不要となってしまう。また部門に関わる設備も同じだ。場合によってはノウハウも消滅するだろう。

自分には現在150名程のアニメーターが所属していると聞く。ジブリのエンジンが活動を停止するという事は、彼らがリストラされるという事とイコールでもある。来年公開の映画が終われば彼らはジブリを離れざるを得ない。

いわゆるアニメ映画を国内で一貫生産しているのはジブリだけだ。ジブリはアニメ業界では珍しく、アニメーターに支払う給与が作業料と関係なく固定である。しかし多くのアニメーターは慢性的に低給与の世界で生きている。
2008年の日本芸能実演家団体協議会の調査でアニメーターの25％に及ぶ平均年収は100万円以下だという。中堅アニメーターでも年収150万円以下で、アニメーターの現実はワーキングポア層なのだ。
その中にあってジブリのアニメーターの給与は業界標準より遥かに高い。一部上場企業並みと言って良い給与を支払ってこられたのは、一重に質が高く、ビジネス性のある作品を作り上げて来た宮崎監督というエンジンの賜物だろう。しかしそのエンジンは稼働をストップしてしまうと宣言した。

アニメーターには印税がない。彼らの対価は自分の能力との交換が条件だからだ。従って今後も生活を維持するためには描く仕事を継続する手段を持たねばならない。しかし行く手は決して明るい未来とは言えない。本来のアニメーターの給与水準に投げ込まれることになる彼らの心境は察するに余りあるだろう。

 

日本はアニメ大国と言われている。輸出コンテンツとしても水準が高い。それは様々なクリエイターの賜物と云える。しかし我々が目にするまでの過程に関わるアニメーターなどの作業従事者が、ビジネスの恩恵を得る事は殆どない。宮崎監督は以前、女工哀史のようなアニメーターの現場をジブリで変えたいと語っていた。そして確かにそのビジョンを実現化した部分はある。だが、残念な事に、ジブリが宮崎監督一代で終わり、次世代に引き継ぐべき人材を生み出せなかった事は、返す返すも残念だと感じる。
せめて庵野監督が引き継いでくれないか？と思ったが、彼は彼で自分の制作会社を持っている。

稀有な才能を持った人によって支えられているのはクリエイティブの世界において、第二世代が構築出来ないというのはある意味常識的な事だが、活動停止と共にそれまで構築されてきたシステムやノウハウも消滅してしまうというのは誠に残念である。

しかし稀有なクリエイティブというのは本来そういうものかもしれない。せめて宮崎監督と仕事をしたアニメーターの中から次世代のクリエイターが出現することを望むだけである。