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沢田研二氏 さいたまスーパーアリーナのドタキャンの舞台裏を妄想する [独り言]

沢田研二氏 さいたまスーパーアリーナのドタキャンの舞台裏を妄想する



2018年10月17日、沢田研二氏がさいたまスーパーアリーナでのライブを

ドタキャンするという報道があった。


さいたまスーパーアリーナを当日キャンセル!?

それも公式声明は「契約上の問題」とあったとしている。
ええ?! 何それ?


ライブ当日に「契約上の問題」でコンサートがキャンセルされたケースは稀だろう。

会場も半端なくデカい。

一体何があったのか?

そもそも「誰とどのような契約上の問題」があったというのか?


そのため、舞台裏への妄想が膨らんだ・・・。



沢田研二 70YEARS LIVE『OLD GUYS ROCK』ツアー予定は以下だ。



沢田氏の所属事務所は「詳しく分かる者がおらず、申し訳ありません」と話しているというが、

そうだとしたら、随分と他人事だな・・と思った。
そんなハズがある訳ないからだ。
所属事務所が詳しく知らなくて誰が知るというのだろう?
まあ、混乱の中での時間稼ぎだと思った。



2018年10月18日夕刻、ご本人が今回の件を説明したという報道がアップされていた。


沢田研二が自ら中止の理由を説明「客席が埋まらなかったから」「ファンに申し訳ない」と謝罪:



ポイントは、集客が意図と違ったので沢田氏の決断で中止と説明されている。


記事では、以下のように述べたとされている。

イベンター会社から集客状況について「9000人と聞いていたが、実際は7000人だった」と知らされた。

本番前のリハーサル時、観客が座れないように客席がつぶされているブロックが目立ったことに腹を立てた。

イベンター会社から予定通り開催するように土下座で懇願され、押し問答となったが、

最後まで首をたてに振らなかった。「今回はできませんと1分でも早くお客さんに伝えてほしかった。

僕が帰らないと収まらないならと、3時45分くらいに帰った」と説明した。



これを読んでファンはどう思うだろうか?


主役である沢田氏が集客数に不満を持ち、中止を自ら決定し、中止の事実化するために帰ったというのだ。

しかし中止情報を解禁する前の段階である”3時45分くらいに帰った”というのは、幾らなんでもひどくないかね? 


スーパーアリーナの総キャパを考えれば、9,000人も7,000人も大した問題とも思えない。

どちらもガラガラに見えるからだ。


記事では、「沢田は「客席がスカスカの状態でやるのは酷なこと。

『ライブをやるならいっぱいにしてくれ、無理なら断ってくれ』といつも言ってる。

僕にも意地がある」と自身が中止を決断したことを明かした。」


確かにガラガラの会場でやるのは辛いだろう。ショックは理解できる。
しかしその主体者はご本人であると理解しておられるのだろうか?

つまりご本人のコメントにもあるが、これが彼の実力という事だ。


それでも会場は3万7千人収容の場所だが、7,000人もが来場したのだ。
武道館の70%が埋まる数が実際に目の前まで来ていた。
俯瞰して見れば、相当な動員数と言っても差し支えない。

凄い実力だ。

今回のツアーも66か所に及び、多くはソールドアウトしているという(報道によっては無料チケット配布もあるというが確認出来ないので分からない)。
古希である彼の動員力は、彼の長いキャリアを見て相当なものだと言っていいだろう。
そういう意味で名実ともにスーパースターの一員なのだ。
芸能界のエリート層と言って構わないだろう。

しかし同時に客への責任も大きくなるという事だ。
スターだから、大金を作り出せる主体者だから、

自分の感覚値だけで、何をやっても許される訳ではない。

沢田氏はこの事実をどう考えたのだろうか?


まず、沢田研二氏の所属事務所は、ココロ・コーポレーションは、コンサートの主体者である沢田研二氏の個人事務所だ。

コンサートはココロ公演事業部という部署が担っているようだ。

だから普通、ココロ公演事業部の人間が一番事情を理解していなければならない。

しかし個人事務所であるようなので、規模もそこそこだろうから、
本人を含めて今回の経緯を全員が理解していると考えて差し支えない。


事情を察するにココロは沢田氏の個人事務所で、社長も彼のようであり、

事務所のスタッフ関係者は、彼に対して客観的な事やネガティブな情報を言えない立場だろう。
中小企業的な個人事務所にありがちな構図だ。
こういう事務所のリスクは、事業上の客観性が担保されない事だ。


公演契約の詳細が分からないので明言は避けるが、

少なくとも、コンサート会場や日程について、

ココロ・コーポレーションやご本人が無関係であるなんてことは絶対にない。

実際、沢田氏は、「自らの判断で中止を決定」と発言したと報道されている。
つまり、本公演の決裁者と決定者、および責任の所在は全て沢田氏=ココロ・コーポレーションにあると

言っている事になる。
だから張本人だ。


沢田氏は、「ライブをやるならいっぱいにしてくれ、無理なら断ってくれ』といつも言ってる。」といっていた。

彼の元には、外部からの企画や日程等の提案は数多くあるだろうが、

その提案への決裁は、本来ココロ・コーポレーションが主体的にしている事項なので、

当然のさいたまスーパーアリーナのキャパや日程については、ご本人も理解し了解した上の事だろう。
何故なら所属タレントは彼だけだからだし、社長が彼だからだ。
従ってこの他人事の発言は違和感を覚える。

ひょっとしたら大型のイベントについては、ココロ以外の大手事務所に業務委託をしているのかもしれないが、開催の可否は本人も了承の上だろう。


さて、本公演のイベンターを調べると「チケットポート」名前になっている。

チケットポートはサービス名で、株式会社エニーが運営社だ。

エニーはJ:COMのグループ会社だと書かれている。

業務は、ライブ制作、アーティストマネージメント、チケットの受託販売等だ。


チケットポート(J:COMの関連会社)


事業:コンサートの制作、運営、プレイガイド業務、出版事業等。


つまり本公演の制作とチケット販売は、株式会社エニーが主体と分かる。

ネット情報では確認できなかったが、推察するに本公演の主催者は

企画をしたココロ・コーポレーション単独か、エニーと共同か、エニー単独だろう。


コンサート開催において主催者責任というものがある。

つまり、主催者は一般に公表した通りの時間と場所で開催する義務があるという事だ。

地方の開催の場合、地方のイベンターが事務所から興行権を取得し、一定のギャラ等のリスクを取って開催する。

但し、天変地異的な事象や天候不良による主催者の責任外の事情での開催不能の場合は義務免除としている。


さて、契約上の問題とは何だったのか?


実は、沢田氏は2004年に茨城・水戸市の県民文化センターで開催予定だった

「2004 沢田研二コンサートツアー」でドタキャンの前歴がある。


当時のサンケイスポーツの取材記事(と思われる情報)の抜粋だ。


沢田の公演を初めて手がけた企画制作会社「ハニープロダクション」の町五男社長はサンケイスポーツの取材に対し

「“ドタキャン”の理由は観客が少なかったためで、1764人のキャパシティーに対して約700人と半分に満たない状況だった。

沢田さんの事務所とは、『お客さんをいっぱい入れる』という条件でコンサートを企画していたが、

事務所側が直前になって『話が違う』と開演を見送った。

客席をいっぱいにできなかったのは、

私の力不足で非難されても仕方がないが、

ステージはやってもらいたかった」と肩を落とした。

一方、沢田の所属事務所は「主催者側が事前の取り決め通りにやって頂けなかったから仕方がなかった。

沢田が中止するのは初めてのことで悩んだ結果です」と怒りをあらわにしながら、

むしろ被害者であることを強調。会場の県民文化センターでは、

通常の会場使用料40万円のうち半額の20万円を、主催した「ハニープロダクション」に請求する予定という。



今回のキャンセルもこの件と同じ軸にあるようだ。
二度ある事は何とやらだ。


今から14年前の時点で水戸市の1764人のキャパに対して売券率が40%程度という事だ。

当時の彼の実力で、水戸辺りだとこの位だという事が分かる。

半分も埋まっていないことで、沢田氏が約束と違うから出演しないと言った可能性が考えられる。


さて、さいたまスーパーアリーナのキャパは「37,000名」だ。

(その次は2019年1月開催の大阪城ホールの16,000名)

ステージ設置等で座席をつぶしても3万人程度以上は確保できる。


今回の沢田研二 70YEARS LIVE『OLD GUYS ROCK』ツアーの中で、

本会場は1会場としては最大の集客場所だ。

武道館4日間、横浜アリーナ2日間に匹敵する集客を1日で行うという事だ。


さいたまスーパーアリーナを満席に出来る日本のアーティストはそこそこ多い。

ミスチル、ワンオク、セカオワ、ドリカム、サザン等だ。
かなりの面子だ。


契約書を見た訳じゃないので正確には分からないが、

どうやらココロ側がライブ制作側に「満席にする義務」を課していたらしい。
動員は出演者の人気や企画次第なので、余りこの手の約束は聞いた事がないが、そう発言しているのでそういう事としよう。

従ってココロ側は、契約条件的には、満席にしなかったことを契約違反と主張できるが、

その場合、どの程度まで埋まっていないと公演をキャンセルできる条件になっていたかは不明だ。


だから集客数を理由にした公演中止の正当性は相当に気になる。


契約を普通考えれば、ココロ側は、イベンターに沢田研二氏のライブの興行権を渡す代わりに、

30,000席の販売とそれに伴う出演料等を保証してもらい、出演を承認したという意味だろう。

沢田氏側は、30,000席分のギャランティ(出演料)と満席が保証されることでOKしたのかもしれない。


しかし、そうだとしてら、その出演判断は事務所として正しかったのか?


イベンター側は、30,000席の販売のリスクを取って興行権を取得したと仮定しよう。

しかし実際には発売後の売券状況が芳しくないことが分かり、かなり慌てたはずだ。

沢田氏のコメントにあるように「7000人/30000人」だった訳だ。

約束が違うと言ったかもしれない。


また。ひょとしたらイベンターは、この悪い販売状況を、ココロ側には直前まで言えなかったのかもしれない。

チケットが売れなかったんで、公演をキャンセルさせてくださいというのは、

確かにココロ側や沢田氏には言い出し難い事だ。


沢田氏は、来場客への対応が辛辣な面を見せることで有名な人だが、当日の客入りの悪さを理由に中止を言い出して帰ってしまうような決定をする人物であることは想像に難くない。

従って周囲には”かなり怖い人”という感じなのだろう。
実際、ライブのMCの様子を聴いても推察できる。


そうした中で、イベンター側が契約通りに満席にしようと思って大量の無料チケットをバラまけば、

当然のようにその情報がネット上に拡散し、やがてチケットを買った客が知る所になり、

有料、無料の客が対立し、ライブを成立させることが難しくなるだろうし、

当然沢田氏の名声を傷をつける事になる。
ココロ側のスタッフも、イベンター側の担当者は頭を抱えていただろう。


実際の売券状況は、1/4程度以下だったのだから、本当にガラガラだと言っていい。


契約書には満席の定義とチケットの売り方、また公演をキャンセルする条件がどのように記載されていたか興味あるが、日本の契約書だから、数値で示すような細かい規定をしていない可能性も高い。
特に芸能界では契約書を細かく規定しない、前近代的業務方法が多いのは今も変わらない。


日本のライブでは、売券状況が芳しくない中で無料チケットをばら撒く事は頻繁にあるが、

かなりの規模で行っても数百枚~千枚以下程度が限界だ。

万単位でバラまけば、必ずその行為は漏れてしまう。


さてこうした想像を逞しくした中で、今回のドタキャンは正しい行為と言えるのだろうか??


今回の売券数は7,000枚というから、

ココロ・コーポレーションからすれば「契約違反」と主張できるとも言える。


しかし、それを当日、それも開演時間直前に決定するというのは正しい行為なのか???

ココロ側が契約の話を持ち出すなら、「チケットを買って来場する客との契約」はどう考えるのか?
チケット購入者は、チケット代を払い、交通費を支払い、場合によっては宿泊までしてくる。
それは来場すれば、沢田氏のライブを見る権利が保証されているからワザワザ来る訳だ。
常識的にはこれはココロ+イベンター側と来場者の契約行為と言っていい。
発券チケットは契約書と言って過言でないだろう。


ちょっと厳しい事を言わせてもらえれば、

そもそも結果的にとは言え、キャパ設定が完全に間違っていた点において、

ココロ側とイベンター側は同罪と言える。
つまり、これは本人を含めた開催側のチョンボなのだ。
それなのに、当日のドタキャンだ。


明らかにそれ以前に中止をすることも可能であり、
誰かが相当な判断ミスしているとしか思えない。
開催側のチョンボを全て、来場客におっ被せたと言われても仕方ないほど酷い決定だったと言っていい。

また、ココロ側がイベンターにこの案件を持ち掛け、イベンター側がいっぱいにするように頑張りますという形でココロ側が受けたかもしれないが、当事者でないとこの辺りの本当の事情は分からない。


いずれにして、そもそもさいたまスーパーアリーナでコンサートをする事への集客見積もりを大幅に誤った点については、事務所側にも相当な判断のミスがあったと言われても仕方ないだろうと思う。

これは沢田氏のコメントの中で「さいたまスーパーアリーナでやる実力がなかった。ファンに申し訳なく思ってます。責任は僕にあります」に尽きるだろう。

最終的に当日の中止決定を「ご本人自ら行っていた」という発言から考えても、本件の主体的な責任が沢田氏を含むココロ側にあるのは明らかで、集客数の不足を契約違反として持ち出すのは言い訳としてに余りにも極端な決定だった思う。
スーパーアリーナクラスの会場を、当日、それも集客を理由に中止する決定をするのはそれほど異常な事だ。


過去の集客数を知る事務所側として、本当に1会場の公演で3万人も集客できると読めるような過去のトラックデータを持っていたのだろうか?


10年前の2008年11月29日、「人間60年・ジュリー祭り」はに京セラドーム大阪、12月3日(水)に東京ドーム Big=Eggで沢田研二の還暦記念二大ドームコンサートが開催されている。

両日ともそれぞれ全80曲を歌いあげ、途中休憩約20分を挟んだ約6時間半のライブを敢行したという。

京セラドーム大阪におよそ2万2千人、東京ドームに3万2千人が足を運んだとい記録がある。

ちなみに東京ドームに3万2千人は満員ではない。ドームは4万8千人入るからだ。

つまり当時のこの企画でドームで66%程度だったということだ。

それでも還暦を考えれば、もの凄い動員力だと言っていい。

あれから10年が経過した。


古希ツアーは66公演だが、その中には、武道館4日、大阪城ホール2日、横浜アリーナ1日、さいたまスーパーアリーナ1日の日程が組んである。

現行のツアーの各地のセットリストを見たが、全18曲程度の普通のライブセットだった。

なお、このセトリは、武道館でもホールでも共有の内容のようだった。
また、ライブは、本人とギター2名だけの計3名だけの出演だ。
つまりアコースティックセッションなのだ。


ちなみに横浜アリーナに行った女性が書いたブログには、会場が満席だったとの書き込みがあったので、この企画で2万弱のキャパはクリアーしているようだが、ライブ会場にはビジョン用のスクリーンすらなく、遠くの客にはジュリーの表情が全く分からない設定になっていたようだ。


俯瞰して考えると70歳で横浜アリーナを満員に出来るなんて、相当凄い人気だと言っていいが、

何故横浜は埋まったのに「さいたまは埋まらなかった」のか??


これはかなり不思議で不可解だ。
でも分かる気がする。


さいたまスーパーアリーナクラスになると、1年前くらいから会場を確保しないと適切な日程を押さえられない。

横浜アリーナが満杯になるくらいだから、さいたまも行けると思うのは無理もないかもしれない。
たださいたまの方は横浜×2ぐらいの集客数だ。


ちょっとネガティブな状況があったのは、横浜と埼玉が日程的に2週間程度しか空いてないという事実だ。

10年前のデータ等で横浜とさいたまの両方共行けると思った可能性はあるだろう。
東京ドームでは3.2万人を動員したからだ。


しかし今回のライブは、「全80曲を歌いあげ」のような大きな企画性はない。

セットリストの内容が他のホール級の会場と同じなのであることは、
濃いファンならライブ内容について情報が拡散して周知だろうから、会場とチケット代を「値踏み」をするに違いない。


同じようなチケット代とセットリスなら、小さい会場で近く距離で見る事が出来る方に行くのが人情というものだ。
多少ホールでの演出がショボくても、ジュリーの熱唱を近くで見れるならそっちを選択する。
実際私だってそういう買い方をする。


大型の会場なら演出面、セットリスト面等で全くと言っていいような違う内容を見たいと思うのが人情だろうが、どうもそこまでの違いがあった様子はない。
おまけにギター2人を従えたアコースティックセッションなのだ。

それならワザワザ大きな会場を選ばないだろう。特にさいたまスーパーアリーナは周辺座席からステージまでの距離が遠く感じる場所だからだ。
いずれにして、横浜アリーナに行ったお客で、同じ演出をさいたまスーパーアリーナでも見たいと思って行った客の重複率は想定以上に低かったと見た方がいいだろう。
超コアファンの存在は、大抵総動員数の10%程度以下と相場が決まっている。
言い方を変えると、アコースティックセッション企画で、たった二週間前の横浜アリーナの1/3近い動員をしているだけで奇跡的と言っていい。
但し、キャパ設定を誤ったという事だ。


10年前のドームは、テレビ局の煽りもあって、私でも開催を知っていたし、多くの人に知られていただろうが、

今回のツアーは私もドタキャン報道で初めて知った程で、認知度的にはファン以外には興味のないものなのだ。

だから慎重にツアー日程と会場を見積もる必要があったと思う。


スーパーアリーナが埋まらなかったのは、この辺りに原因があったと感じる。


つまりライブの企画や内容に対して大規模会場の日程の組み方が近すぎたのと、内容が大型会場として特筆すべき点が無かったのにも関わらず欲張った日程を組んだという事だ。
それだけだ。


こうして考えてみれば、本会場の公演への出演を承認しただろうココロ・コーポレーションに「非」と「責任」があると言っていいだろう。

これについては、ご本人も自身に責任があると触れているから、まさにその通りだろう。

責任とは何かと言えば、今回のキャンセルで生じた損金は全てココロ側が持つという事に尽きる。
(しかし芸能界の大物タレントにこれを交渉し、実行させるのは並大抵じゃないが・・。)

特に病気等でもなく、ライブ開催を行うことが出来る状態であるにも関わらず、イベンターが土下座をしてまで止めたのに、自らの勝手な判断でキャンセルしたからだ。
主役なので、彼が出ないと言い出せば周囲は説得するしかない。
おまけにキャンセルの原因の一因にはご本人も絡んでいる。
それを袖にして振り切って帰宅したわけだ。
凄いな・・と思う。
こういうのを本物の「パワハラ」という。
沢田氏にも色々言いたい事はあるだろうが、
当日の出演を人質にするこの態度は、社会的な許容範囲を遥かに超えていると言っていい。

会場の裏舞台は正に修羅場だったということだ。


仮にだが、集客数が設定以下であることを中止条件として公演をOKとしているのであれば、

本来はチケット販売時に客に通達すべき「重要な情報」であったあろう。
それが通達されないままで発売されているなら、来場者が何人であっても公演を実施しなければならない。


また、チケット販売数は、デイリーで把握できる情報であるため、

事務所として制作者側との間でチケットの販売数を把握する責任はある。

ひょっとしたら現場は全員知っていたが、沢田氏本人には伝えなかったか、話を作っていた可能性はある。


チケットの売れ行き情報を見れば、かなり前の段階で中止決定をすることだって可能だったはずなのだ。


結果だけでいうと、事前に中止すべきだった。それだけだ。


しかし、イベンターや事務所の側近らが、沢田氏へ忖度して言えないままズルズルと本番日になり、

さいたまの現場で動員数を伝えられた沢田氏が、現場で聞いて約束と違うからやらないと言い放った可能性はありそうだと思っていたが、会見でその通りの事を言っていたので、やはりなあ・・と思った。


まあ、関係者の心中はお察しをする。


仮にガラガラの会場でやったら、ネットに映像がアップされて拡散する可能性もあり、

沢田氏の人気がない印象が拡がる事態を事務所や本人が恐れたかもしれない。


いずれにしても、そもそもさいたまスーパーアリーナでコンサートを承認した事は誤りだし、

中止の決定についても、集客数を把握している段階で涙を呑んで決定出来た訳であり、

当日になって満席でない事を振りかざして「契約違反」と主張して中止するのは

かなり乱暴な行為だ。おまけにそれを事実化するためにご本人が会場を去ってしまったのは、
無責任過ぎるだろう。
現場の殺伐とした状況が見えるようで怖い位だ。


いずれにしても、公演関係者側には色々な事情があるのだろうが、

最も迷惑を被ったのは来場客の人たちだろう。

人によっては地方から移動費や宿泊費をかけて来ている人も多い。

チケット代だけでなく、こうした経費や時間をかけて、さいたまの現場まで来ている。

そして大した説明もなく、契約上の問題で中止というのは、余りにもバカにしているし、

行為としても杜撰の誹りを免れない。
もっというと「契約上の問題」というのは都合の良いデッチ上げと言ってもいいだろう。
しかし客や世間にはそのように公表しているから、その説明をする義務がある。


そういう意味でココロ側=沢田氏の判断と行動には重大な責任の所在がある。



前述したが、客の視点からしたら、2週間前に横浜アリーナ(18,000人)をやっており、

わざわざ改めてさいたまスーパーアリーナのような大きな会場にまで出向いて見るような動機がなく、

セットリストも演出も同じような感じだから、ツアー終盤の武道館か大阪城ホールまで待つか、地元のホールで十分だ・・という事だったのだろう。


その辺りの客の心理を読んでツアー日程を決定するのがプロというものだ。
(それでも外れる事があるが、外れてもやるのがプロだ。)

沢田氏は、7,000人も来てくれてありがたいと思わなかったのだろうか?
実際、歌手で1公演で7,000人も集客できる人はそう多くないのだ。


本来は、客が10人だろうと、満席だろうと、企画し、出演に合意し、主催制作し、

集客をかけている以上、不慮の事態を除いて、責任を持って公演を

実施するのが公演企画者と主催者、及び出演者の義務だ。

従って集客設定を誤って企画し、開催決定をした側は、

明らかに病気や声の不具合、また天変地異や台風のような災害で客が守れない場合を除いて

何があっても「実施する義務」がある。



それがプロの「プライド」というものだ。


主催側の事情で開催中止をした場合は、振替公演をすべきだが、本公演については後日検討中という情報も出ている。当然事務所が全ての経費を負担し、補填するべき案件だ。


だから辛いのは理解できるが、ガラガラであっても腹を据えてライブをやるのが沢田氏のやるべき仕事だったと思う。

確かに辛いと思う。
でもそれをやりきれば、違う価値も出たんじゃなかろうか?


もちろん過去に集客が悪くてライブを中止した例は数多い。

大抵の場合、病気等を理由にして中止するが、それらは殆どは都合の良いウソで、

客が集まらなかったからという理由が圧倒的に多い。

それでも会場に来てから中止されるよりはチケットを買った人達には遥かにストレスがない。


1980年代前半、UDOが洋楽系のスターミュージシャンを集めて代々木第一体育館と大阪球場で

ライブを企画したが、チケットが驚くほど売れなかった事例があった。

代々木第一体育館は15000人キャパだが、売れたのは300枚程度だったという。

私の知り合いはこのライブの通訳で入っていて、会場を見た人間なので確かだろう。

その人物は、背筋が寒くなるほど客が居なかったと言っていた。

しかしメンバーは、契約で演奏することになっていると集客を気にする振りも見せず舞台に行き、

アリーナ内に疎らにいた客に声をかけてステージ前に寄せて、フルセット演奏したという。


プロというのはこういう人たちだと思う。


その後の大阪球場は、台風の影響で中止となったが、チケットは全く売れてなかったという。

台風のお陰で中止となり保険が下りたため、UDOの被害は最小限だったようだし、

メンバーはフルギャラを貰ってアメリカに帰っていったという。


またUDOは2006年7月に富士スピードウェイでKISSとSANTANAを出演させた

ウドー・ミュージック・フェスティバルを開催したが、

これも150名程度しか客がいなかったが、メンバーはフルセットやった。

KISSのメンバーは客のいない状態でも普通に演奏し帰っていったという。


プロというのはこういう人たちを言う。


この時の様子はネットに画像として上がっている。



私も1990年代に故デビッド・ボウイ氏の東京ドームのライブに行った事がある。
2F席はには全く人が居なくて残念だったが、それでも2万人程度は集まっていた。
でもガラガラに見えた。

故プリンスの最後の東京ドームも、2F席がガラガラだった。
彼らのライブは今でも記憶に残るほど素晴らしいものだったが、デビッド・ボウイ氏やプリンスクラスにしてもこういう事もあるのだ。


また、近年では、東京の国際フォーラムA(キャパ:5,000)でThe Whoのロジャー・ダルトリーが行った「TOMMY」の全曲再現ライブに行ったが、これも2F席には全く人がいなかった。ということは、半分程度の2,500名程度の入りだったということだ。
それでも彼らはキチンと演奏して楽しませんてくれた。

見ているこっち側は、こんな環境下で演奏をやってくれることに対して、内心気の毒に思いつつも、素晴らしい演奏やパフォーマンスは伝わるものであり、これがプロのミュージシャン、芸事をやる人たちの在り方だろうと思う。


沢田研二氏は、昭和を代表するスーパースターだ。
でも今回の件ではミソを付けた。


2019年1月にはツアー最後を飾る武道館スリーデイズを行う。
今回の件が逆宣伝になって、多分満員になるだろう。


古希になって益々元気で、実は私も一度は見に行きたいな・・と思っていた、

しかし、今は全く興味を失った。

今回の彼の行動と判断力は、結局、沢田研二という人物がこの程度かと思わせるに十分だった。

正直、ファンタジーが失せる程カッコワルイと思った。


スーパースターに対して、人間的な完全性や素晴らしい人格なんぞを求めないが、
少なくとも彼らが社会と繋がって居られるのは、支持をしてくれるお客さんのお陰であり、周囲のスタッフの支えのお陰なのだ。もちろんご本人の素晴しい才能がステージに乗る事で、言い得ないファンタジーという化学反応が起こる。

従って大スターとはいえ、ご自身の仕事に関しては、謙虚であるべきだろうし、超ベテランスターであるが故にそうあって欲しかった。
スーパースターは常人を超える部分があるのでスーパースターであるというのは確かな事実ではあるが、
少なくとも自分の才能の発露の方法や仕事の哲学が「出鱈目」ではただの狂人と化してしまう。


いずれにしても、わざわざさいたまスーパーアリーナに来た7,000名には大変気の毒な事をした訳であり、

彼の人気と生活と活動を地道に支えてくれている大切なファンである彼らにキチンと謝罪し、
今回の不始末を補填するのが今の彼がやるべき仕事だろう。
また、関係スタッフにもキチンとした対応をしておくべきと思う。

それが大人のプロの仕事ってものでしょう。

そうでなければ残念だ。


仮にの話だが、ステージ裏では集客に不満であったりして、スタッフに対して馬事雑言があったとしても、
開演の定刻になったらプロらしく颯爽とステージに上がり、
当日、ワザワザ来た7,000名全員をステージ前に集めて、

見た目はガラガラの中でも必死に彼らのためにステージをやり切って、

ガラガラな会場を逆手にとって、その日の来場者に最高の感動をさせたら、

何万倍も沢田研二氏の価値が上がったと思う。
集客出来ない理由は様々あるが、その結果を一手に引き受ける度量が彼をスーパースターにしているのだ。

また彼をさらし者のようにしたスタッフたちも、彼の悲壮な姿を見れば、
当然だが彼に対して申し訳ないと思い、今後の結束が更に増しただろうと思う。

今回、ひょっとしたら伝説のステージを作れたかもしれないのだ。

テレビの芸能記者たちを前にした会見が、

これまでにない異例の対応と長さだったことを取り上げて、

沢田氏を擁護する発言があったようだが、

それは芸能界の内輪の論理で本質じゃない。
あの業界で沢田氏に異論をはさむ事は、沢田氏を庇護する大手事務所に牙を剥く事にもなるから

コメントには刈らなず忖度が介入するからだ。

芸能界は狭い業界であるため、仕事の関係性を維持するために、

双方批判的になりにくい面があり、従って彼らのコメントは全くコップの中の世界の戯言なのだ。

一般のファンの中には、彼のプライドの高さを理解した上でずっと応援しているファンもいるだろうから、

今回の件への受け止め方には様々なものがあるだろうと推察している。
「らしい」と受け流せる人もいれば、「ガッカリ」と肩を落とす人もいるだろう。
ひょっとしたら、私が応援しないとダメと強く誓う人もいるかもしれない。
また違う意味でツアーの宣伝になってしまったかもなったかもしれないとも思うし、

これを機会に見ようと思う人もいるだろう。
まあ、価値観なので様々で全く良いと思う。


沢田研二というアーティストは、今後もスーパースターであることは変わらないだろうと思うし、

今後もスーパースターであって欲しい。


でも望む事が出来るのであれば、「プロとして背中を見せる」スーパースターであって欲しい。

今回の件を「ジュリーらしい」と思うファンも多くいると思う。
それはそれで結構だ。


それでも私の視点としては、
今回は、プロらしくなく、短絡的過ぎて、実に男を下げたと思っている。
スターの背中が全く見えなくなった。

本当に残念だ。


それに尽きる。

厳しいコメントだと分かっているが、ご容赦願いたい。








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座席のある会場のコンサートでワザワザ立って見る人・見ない人に贈る


最近、結構年齢層が広めのコンサートに行った。
1つはチープトリックで、もう1つは奥田民生さんだ。
チープトリックはZEPP TOKYOでフロアーが立ち見で
私が買った2階席はいずれも着席用だ。
また奥田民生さんは武道館の2階席だった。
さて、チープトリック。
私は2階席の3列目の下手寄りだった。
開演直後、目の前にいた30代と思しき女性がいきなり立ち上がった。
(チープトリックの客にしては随分と若いが・・・)
私の目の前は、彼女の背中によって突然のように視界を遮られる状態になってしまい、
彼女の背中の横からステージを見るような状態になった。
周囲を見渡すと、何名かが立っていたが、大多数は座って見ていた。

2曲ほどそのままで見たが、余りにステージが見えないのでストレスフルになり、
立っている女性に声をかけ、出来るだけ丁寧に座るように促した。
当然だが彼女の視界の先には誰も立っておらず、
彼女は座っても十分鑑賞できる位置にいたからだ。
やがて彼女は不満そうな空気を漂わせて自分の座席を立って、2階席の一番後ろの立見席に移動した。
彼女は隣の友人らしい女性には「だってつまんないモン」と言い残していたのが聞こえた。
一緒に居た女性は最後まで座って見ていたが、お陰で私は視界を確保でき、ライブに集中出来た。
さて、奥田民生さんの武道館。
この日は15年ぶりの武道館ということで満席だった。
私は久しぶりに武道館の2階席に座ったが、
かなりの急傾斜席だと気が付いた。
開演するとアリーナは一斉に立ち上がり、
私のいる2階席にも立ち上がる人たちがまばらにはいた。

その中にポツンと立っている人もそこここに居た。
幸いにして私の視線の先には立ってみる人が居らず、
視界を遮られずに済んだが、立っている真後ろの人たちは
明らかに見にくそうにしていた。

私なら絶対に前の立っている人に座れという意思表示をするだろうが、
多くの日本人は奥ゆかしいのでそんな事をしない。
でも彼らは視界を遮られて不満が鬱積しているのは間違いない。
ライブにおいて鑑賞方法はそれぞれのやり方があると思っている。
チープトリックの時の女性のように立ってみて自分のエキサイティングを高めたい方もいるだろう。
個々の楽しみ方に自由度があるとは言え、自分が立ったら後ろの視界を遮るという点において、
立つ人はかなり謙虚であるべきだろうと思う。
特に周囲に数名しか立って見ていないような場合、
立っている人は、明らかに少数派であろ、
おまけに後ろの人たちの視界を身勝手に奪うことになる。
少なくともこの点において、立っている人は「自分勝手な人」だと言っていい。
多くの観客が立って見るような状態であれば、理解の余地もあるが、
多数が座って見ている中で1人・2人立っている人は、明らかに身勝手な人だろう。
これ、映画館だったら明らかにアウトでしょう。
だからコンサートだから周囲を無視して立って見て良いだろうというのは本来の理屈と趣旨にないのだ。
実は私は間もなく還暦になる。
従ってコンサートを最初から最後まで立ってみようと思っていない。
若い人たちは立ってみたいという立場とは真反対だが、
双方にそれぞれの思惑があって良いとは思っている。
それでも立って見たい人間は周囲に相当な配慮をすべきという点で揺るがない。
チープトリックでワザワザ2階席を買ったのは立ってみなくても良い選択枝のためだ。
立ってみたければフロアー席を買えばいいし2階の後ろには立ち見席もあるから、
そこに行けばいい。
座席は「座る席」と書いてあり、座ってみるのが前提になっている。
従って立ってみる場合、普通の感覚で言えば後ろの座席の人に対して
「立ってみていいですか?」という断りがあってしかるべきだろうし、
そうでなければライブ中に大多数が立つような場面で、
初めて断り不要で立って見ることが許容されるという事だ。
もちろん1曲目から全員総立ちになってしまう場合は、
それに従うかどうかそれぞれが判断すればいい訳だ。
ポイントをまとめれば、座席があるライブでは、座りが優先で、
その場所で立って見たい人はオプション扱いになるということだ。
まずそれが前提となる。
座席のある会場で自分だけ立って良い感じになっている人は、
後ろの怒りや不満を感じないのだろうか?
もし感じないのだとすれば相当にKYかバケツに穴が開いたような脳みその人間だと言っていいだろう。
この程度の配慮も出来ない人間は、その程度だと認識しておくべきだろう。
自分の前の座席に座った人の頭が大きくて見えにくいのは事故だと思って諦めるしかないが、
目の前に座っている人が不必要に立って、
自分の視界を遮ってライブを見る行為は明らかに「敵対行為」に近い。
特に15,000円も払って見ているライブで視界と音場を遮られたら
前のヤツに金返せとでも言いたくなるのが人情だろう。

以前別の記事として、ライブで永遠と大声で歌って自己陶酔しているハシタナイ連中について書いたことがあるが、周囲に無配慮で立つ連中も、自己陶酔バカの括りに入るだろう。
ライブには様々な人たちが集うため、何をルールとするかは主催者が決めるしかないが、
周囲に様々な価値観の観客がいる前提で成立している環境では、
自分も含めて、また特に他の観客と明らかに違う行動をする人たちは、共有環境の身の施し位を考える必要があると思う。



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