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ミュージシャンの経済学 番外編 ~ミュージシャンのキャリア設計を考える~(2) [音楽に関わるブログ]

ミュージシャンの中でソロ名義以外の活動以外の場所は、セッションミュージシャンかプロデューサー、アレンジャーだが、もう一つ別の道がある。

それはゲーム音楽作家だ。

過日逝去されたドラクエの音楽で有名な、すぎやまこういち氏が代表的だが、元々学生街の喫茶店などの作曲家としてヒット作品を持つ作家だったのだが、ドラクエというゲーム音楽分野に進出したことで、すぎやま氏のキャリアは別の高い次元に飛行して行った。

ゲーム音楽の優れた部分は、ゲームでの利用拡大によって一次、二次ビジネスが拡大する点だ。

契約条件にもよるが、一次利用であるゲームソフトの販売量に印税が累進する支払い契約であれば、単価の高い印税を獲得出来る上、その後の音源利用、アニメ化、コンサート企画等で二次印税等を獲得出来る機会が拡がる。

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総じて整理すれば、ミュージシャンや音楽作家のキャリア形成とは、その活動ポジションが何処に在れ、ヒット作品や代表作品を生み出し、自身の音楽的能力のマネタイズを効率的に図るためのものだと判る。

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ミュージシャン、作家としてキャリアのトップに立つためにはヒット作品を産み続けているか、過去のヒット作品を現代においても継続的にマネタイズすることを可能にした人たちなのだと定義出来るだろう。

ミュージシャンのキャリア設計で最も重要なのは経済用語で言う「不完全代替財」だ。

簡単に言えば取り換えが利かない存在である、という事だ。

前述のように、ミュージシャンはその能力と存在を最大限に生かして、効率的にマネタイズ出来るかがポイントとなる。

こういう書き方をすると多くの人は違和感を抱くと思うが、クリエイティブではない部分を支える経済的基盤を確立することを正味で言えばここに書いているような事になる。

音楽が純粋に好きで愚直に自分のやり方で突き詰めていたらいつの間にかキャリアの上に居たという人も少数居るだろうが、冷静に見ればこういう事なのだ。

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従ってトップを取る事が叶わなかったミュージシャンたちは、違う場所で活躍して自身の音楽をマネタイズするポジションを取らなければならないという事になる。

そのポジション取り戦略で有利な方法は、前記述のリストで成功したミュージシャンや音楽作家のエコ領域で主体的な仕事を得るか、他の分野とのコラボによって己の才能を生かすに尽きる。

成功しているミュージシャンたちの行うプロジェクトは例外なくバジェットが大きい。従ってギャラも高く実入りも良くなるし、仕事現場での扱いも段違いに良い。

成功しているミュージシャンと継続的に仕事をするために必要な要素として、音楽、演奏のスキルは当然なのだが、多くは人間的な相性に支配される傾向がある。

人事権を持っている、つまり自分と音楽的に組む人間を選べる側の売れている側のミュージシャンからすれば、音楽や仕事に使うエネルギーよりも自分の選んだメンバーに対して必要以上に気を使うのはバカらしい事だ。

若い頃なら揉めながらもやれるかもしれないが、ある程度の年齢になれば合理的に考える賢さも現れるだろうから、メンバーとのケミカルは大事な要素だと判る。

音楽的にこうして欲しいという要求を一々文句を言われたり、気持ちよく言う事を聴いてもらえないのは雇う側として楽しい経験ではない。

もともとミュージシャンという人種は、お山の大将的な人が多い。

かなりのベテランでも、本来は雇われている身なのに自分は自分の音楽を貫くんだ・・みたいなちょっと幼稚な事を考えている公言している人だっている。(これは実際に聴いた本音だ)

ミュージシャンでそれなりに成功している人は、成功体験が強い分自分のやり方が何処でも通用すると誤解し、世間ズレしていることがある。

そうした人を抱擁出来る人ならそれはそれで良いのだが、多くはそうではない。

音楽的な相性も重要なのだが、人間的なケミカルの合う、合わないは、音楽を通じた関係を長く維持するためにかなり重要な要素なのだ。

つまり演奏は上手いが性格に難があると、それだけで仕事の幅を狭めてしまうという事だ。

長期間のツアーで過ごす相手として、腕前は良いが、面倒な事ばかり言ってくる人や指示に従わない人より、ちょっとだけ演奏面に難点はあるのだが、ケミカルが合い、雇い主の音楽が容認できる範囲であるなら、迷わず後者を選ぶのが人情というものだろう。

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昔とあるミュージシャンから、腕さえよければ仕事は勝手についてくると言われた事があるが、長期間の現実を見るとそれは本質的には事実でないと判る。

実際の場面では、人間的な魅力が必要で、それに伴って運も必要となるのだから。

これはその方がまだ30代だったから分からない事だったと思う。

こうして考えれば、ミュージシャンにとってソロ名義の作品が売れない事は、すなわちその座を追われる事になり、同時に別の所に生き残る場所を探す必要を迫られる。

これがミュージシャンのキャリア設計において必須の現実なのだ。

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他の分野とのコラボとは、ゲーム、映像関係等の分野で音楽的能力を使う事になるだろう。

ただこの分野でもお山の大将という訳にはいかず、ゲームプロデューサーや映像監督からのオーダーに応える必要に迫られる。

特に映画の場合、監督が全権者であるため、音楽に理解の薄い監督が相手だと苦労することもある。

それでもそうした人間たちと関係性を持った上で音楽をマネタイズ出来なければ他の職業を探す必要に迫られる。

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前述したようにミュージシャンは自分の音楽や演奏に自信を持っている。もちろんそうした要素は大切で、それがなければミュージシャンとしては不向きだ。

しかし同時にミュージシャンを職業として考えた場合、どうしたら自分のポジションを優位に出来るかという観点で、自分の音楽性の中で何が一番市場価値を持つかについて冷静でなければならないと思う。

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今でもある事を思い出す。

当時30代前半だったあるミュージシャンが渾身の思いでソロアルバムを出した時の事だ。

当時の彼がそれを理解していたかどうかは分からないが、彼が考え、感じる音楽として最高傑作だと思って音楽制作をしていた事は疑いない。

実際、彼の演奏は個性的で他の追随を許さず、音楽センスも抜群だった。

出来上がったアルバムは、素晴らしい出来だったが、欲を言えばもう少しコマーシャルな感じがしていれば良いなあというものだった。

当時の制作費として3,000万円ほどかけて作られたこのアルバムは、あるメジャーレコード会社から発売されることが決まった。

当時の彼が、これだけの投資案件がキチンと回収出来なければ、自分の音楽キャリアに傷が付くという現実を理解していたかどうかは分からない。

キャリアに傷が付くというのは、二度と自分名義のソロアルバムを作る事が出来ない、という事だ。この世界では失敗作を出す事はその座につけない事を意味している。

当時も今も、ミュージシャンでそれを理解している人は数少なく、ミュージシャンの仕事は納得出来る作品を作る事で、売るのはレコード会社の仕事だと考えている。

しかしそうだろうとしても決して責められないが、そうでは無い事を理解していないと自分を見失う事となる。

件のアルバムの発売時のイニシャル(初回プレス数/事前予約数)はたったの数千枚程度で、そのため宣伝費の割り当ても十分取れず、発売後のオリコンチャートの100位以内に一度も入らなかった。

彼の前作のアルバムは数万枚のセールスがあったため、この結果は予想外だったろう。前作との売上の差は様々な要因で起きたのだろうが、いずれにしてもビジネス的には失敗作となった。

相当ショックだったと思う。

また本人的には自分の素晴らしい音楽を理解出来ない一般大衆の理解不足をある意味で恨んだに違いないし、レコード会社が思ったほど宣伝してくれなかったことも心に引っ掛かっていただろう。
宣伝らしい宣伝活動は、ラジオ出演と数件程の音楽雑誌のインタビュー、そしてライブハウスでのレコ発ライブ程度だったからだ。

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理由は様々あるのだが、マーケットは彼の作品を支持しなかった。

ミュージシャンの性(さが)のようなものだが、音楽性の高いミュージシャンは、高度な音楽性を咀嚼しないで市場に突き付ける時がある。

優秀なミュージシャンほど時代の先を行っており、時折先を行きすぎてしまうことがあるのだ。だから発売される時代やタイミングによって成功する事もあれば失敗することもある。

1978年にデビューしたYMOもある意味で同じようなタイプだった。当初は全く売れる気配を見せなかったが、レコード会社側が彼らの音楽が海外で火がついているように演出し、逆輸入方式で日本に市場を席捲することで成功を収めた。

仕掛けだけが成功の要因ではなく、時代に生きるユーザーが彼らの音楽を受け止める土台を持つようになったからだろう。

冷酷だがプロは結果でしか評価されない。

売れない作品を出す事はミュージシャンのキャリアの重しだ。

サラリーマンも同様で、仕事の結果が出なければ出世しない事と同じなのだが、ミュージシャンの方が結果責任の取り方がキツクなる。

これによって彼のキャリアは先に進む事が出来ず、その後の活動体制の軌道修正を余儀なくされてしまった。

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私は過去にヒット作を出して売れたミュージシャンにどのような傾向があるのかを分析をした事がある。

そこから分かった事は、ミュージシャンがブレークする年齢は平均的には26歳前後だという事、また30歳を超えてブレークする人は著しく少ない事が判った。

つまり例外を除いてミュージシャンは26歳を超えるまでにヒット作を出さないと次のキャリアステップに行きづらくなるという事なのだ。

また同じ分析で分かったのは、20年、30年の長期に渡って一線で活躍出来るミュージシャン(主に2000人以上の会場を常に満員に出来る全国ツアーが出来るレベルと定義)は、数十万人から100万人に1人位の割合でしか生れないということだった。

要するに一摘まみの稀な存在なのだ。

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ソロ名義での活動以外のミュージシャンの在り方は、プロデューサー、アレンジャー、作家、スタジオミュージシャンと色々ある。またその分野で大きな成功を収めているミュージシャンも少なくない。

ユーミンや吉田拓郎氏のツアーで長年バンマスを務めている武部聡志氏、ミスチルを現在の地位に引き上げた小林武氏、R&B系ではトッププロデューサーである松尾潔氏らは独自の地位を固めで現在でも活躍している。

あのポジションを維持するのも相当な運と能力が必要だ。

またプレイヤーとしては、山下達郎氏のライブサポートを始め、数々のレコーディングに参加しているギターリストの佐橋佳幸氏などを代表に、ソロミュージシャンではない立ち位置でご自身の立ち位置を確立している人たちは多い。

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従ってミュージシャンにマネタイズの効率的格付けがあるとすれば、ソロ(バンド)名義での活動をしての成功[→]作家、プロデューサー、演奏家、ゲーム&映画音楽作家としての成功[→]アレンジャー・演奏家としての成功[→]演奏家としての成功、という感じになるだろう。

(もちろんトップで居続ける事は必ずしも効率的とは言えない面があるが、自分で先の道を決定できるという大きなメリットはある)

上記の何処かのカテゴリーで上位置に居なければ、一目置かれる立場を維持するのは困難だ。

これに平行してミュージックスクール関係や音楽関係の周辺ビジネスに関わるという方法もあるが、やはり上記に比べてマネタイズの効率は格段に落ちる。

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金銭の事ばかり語って嫌悪感を抱く人もいるかもしれないが、先立つものが無ければ活動を停止するか、他の分野で生きる選択になる。

クリエイティブに携わるミュージシャンやクリエイターはとかく金銭の話を避ける傾向にある。これは金が穢れたもので、クリエイティブは神聖なものだという思い込みがあるからだろう。

もちろん金銭の話は節度を以てしないと嫌らしい。

それでも冷静に考えれば資本主義社会で生きる我々が金銭の存在を無視出来る訳はなく、実際コロナ禍でエンタメ業界は存亡を脅かすほどのダメージを追ったではないか。

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それを踏まえれば、ビジネスとクリエイティブの両方に意識を持つようにするのが、今後のミュージシャンの在り様のデフォルトになるだろうと思う。

現在、世界で配信されている曲数は3500万曲を超えるという。

どんな人間も、この量を全て消費出来ない。

つまり楽曲供給の視点から見れば、超供給過剰なのだ。

経済条件は、需要と供給の関係のみで決定する。

供給過剰なものは価格が低い。もしくは薄利多売を強いられる。

従ってミュージシャンの売上の中でライブエンタ部門が最も稼いでくれるというのは、「不完全代替財」の視点から見れば、当然の帰結となる。

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今後のミュージシャンのキャリアは、「不完全代替財」との闘いになるだろうし、またメジャーレーベル以外から出てくる、これまでは埋もれていたミュージシャンとの闘いも強いられる。

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引用資料:

経済はロックに学べ!/アラン・B・クルーガー

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ミュージシャンの経済学 番外編 ~ミュージシャンのキャリア設計を考える~(1) [音楽に関わるブログ]

ミュージシャンの経済学 番外編 ~ミュージシャンのキャリア設計を考える~



2019年から始まったコロナ禍。



当初の予測を覆し、2021年秋になってもコロナの影響から逃れられないままだ。



私はコロナ発生当初、2021年秋頃にはワクチン接種が一巡し元の生活に戻れるだろうと推定していたがその予想は外れた。



デルタ株の蔓延とコロナウイルスの本質的な性質の分析が不十分であることで評価を確定出来ないままだからだ。



さてコロナによって経済的ダメージを受けた業界の1つにエンタメ業界がある。



ミュージシャン、イベンター、演者、舞台製作関係者等々、売上げの90%以上を失い、政府からの補助金等を活用して命脈を維持している。段階的な緩和解除によって多少の光は見えつつあるが、まだアメリカのような本格的活動解除は先である。



 



現代のミュージシャンにとってこのコロナ禍は、ウイルス感染による生命の危機に瀕したと同時に、事実上の活動停止による生活維持への困難が覆いかぶさった。



日本とアメリカでは多少事情が違うのだが、アメリカのトップミュージシャンの全収入に対するライブ活動が占める割合は約80%だ。多い人だと90%を超える。



ポールマッカートニーが、何故あれ程のキャリアを以てして毎年参鳥ワールドツアーをやり続けているのか疑問だったのだが、彼の収入の80%以上がライブからもたらされると判れば納得行く。



アメリカの2017年のデータだが、アメリカ人の音楽への個人支出額は185億ドル(約2兆円)だそうだ。でもこれはアメリカのGDPの1%未満、1000ドルの支出に換算すると1ドルに満たない。ちなみに音楽産業従事者は全人口の0.2%未満だという。



そう音楽業界は、影響力や印象に比べて産業としては驚くほど小さいのだ。 



そうしたデータに触れると、日本においてユーミンが1年半にも及ぶツアーを組む理由も見えてくる。彼らにしてもライブを止めれば大減収を受け入れなくてはならないのだ。



日本でも世界と同様で、大半のミュージシャンの収入源はライブ活動からもたらされる。



それがこの2年近く、ほぼゼロか大幅減収となってしまった。



当然、バックミュージシャン、イベンター、音響、照明関係、舞台関係者等にも影響が及んでいる。そろそろ限界に近いと言わざるを得ない状況だ。



実は、世界的にミュージシャンの経済格差は一般的な差を超える度合いで広がっている。



世界のトップミュージシャンとなれば二十億円程度の収入があるが、アメリカのミュージシャンの収入の中央値は約2万ドル程度だ。約10万倍の格差だ。



日本のGDPや市場環境からの推計をすれば、日本のトップミュージシャンで1億円以上をコンスタントに稼いでいる人たちはホンの一つまみだろうし、多くのミュージシャンの中央値の収入は数百万円程度だろう。



ちなみにサラリーマンと経営者の格差は広がっているが100倍程度だ。



(日本人経営者で最も高給取りなのは、ソニーグループの吉田謙一郎社長)



1980年~90年代後半にかけて、レコード、CDが売れた時代はスタジオ作業でのミュージシャン需要が多く、一流のスタジオミュージシャンであれば年収数千万円程度を手に出来たはずだが、現在のレコーディング予算は当時とは比べんものにならない位まで下がり、加えて制作数も激減しているため、スタジオセッションだけでそれだけを稼ぐのは不可能で、誰かのライブで演奏出来なければそれなりの収入を確保出来ない。



 



世界的見てもミュージシャンは稼ぎづらい職業になったと言える。成功と言える所に到達できる人は一つまみしかおらず、大半は不安定な収入に苦しむし、人によっては普通のサラリーマン以下だからだ。



世界のトップアーティストでも金融関係やGAFAなどの企業の経営者、スポーツ選手の半分程度しか稼げない。



それでも音楽が好きで、ミュージシャンを選択する人は絶えないし、昨今ではネットの技術を使い、これまでとは違う方法で音楽活動をしているミュージシャンも出現し ている。



ペイトリオン.comを使ったB to Cビジネスモデルは、ミュージシャンに売上げの90%を分配するシステムを採用しているが、アマンダ・パーマーのケースでは2年で約1億円近くが分配されたという。



勿論、彼女は一般的なケースではないかもしれないが、事務所やレコード会社などの中抜きをしたB to Cビジネスモデルはこれからミュージシャンを目指す人たちが考えておくべきビジネスモデルだと思う。


デジタルの強いはこれまでの関所を破壊することにあるのだから。


 



余り語られないがキャリア形成という視点で、ミュージシャンの在り様はどうなのだろうか?と考えてみた。



1959年生まれの私にとって音楽業界は眩しく輝いている産業だった。



それから60年以上が過ぎて音楽業界を俯瞰すると、当時のような輝きはなく、そのために色々と見える事が多い。



日本の音楽業界のピークは1997年だった。CDの売上は8,000億円を超えまもなく1兆円が見えていたからだ。印税で1億円以上を稼ぎ出すミュージシャンも多かった。



当時のトップミュージシャンは、ヒット作品を出していれば不労所得を得て、次の作品を作るまでのモラトリアムの時間を得る事が出来た。



儲かっている産業には若い優秀な人たちが沢山入ってくる。



それによってミュージシャンもスタッフも様々な才能が集い、産業を大きくした。



 



それを根底から覆した人物がいる。



 



スティーブ・ジョブス氏だ。



ituneのサービス開始によりCDのビジネスモデルは壊滅的打撃を受けた。



但し、ジョブス氏が手を下さなくても遅かれ早かれ誰かが同じようなモデルを打ち出しただろうことは分かっている。



音楽業界は技術発展に沿うようにして大きくなって行った産業だが、インターネットの発展によって産業構造を破壊された稀有な例となった。



2000年冒頭にエイベックスの松浦氏がある雑誌インタビューで語っていたあることを記憶している。
“もうすぐ音楽CDは広告付きで売られるようになり音楽は無料になってしまうだろう”。



現在のSpotifyYou Tubeを考えれば氏の予言は全く当たっている発言だ。



当時はそんなバカな・・と考えていた人が大半だったが、見えている人には見えていたのだ。しかし未来が見えていたはずの松浦氏が役員を務める肝心のエイベックスは、現在は業績構築に苦戦苦闘しており、株価を下げ、自社ビルまで売るほどになっている。



音楽ビジネスの舵取りの難しさを象徴していると言っていいだろう。その間、ソニーミュージックは、実態としてはアニメ会社に変身してしまった。



 1960年代から70年代に出現したミュージシャンで、今日の音楽を成立させた重要なポジションを占めた人たちの中で裏方から表側に異動した人たちは数多い。



はっぴえんどというバンドでデビューしたものの、当初は殆ど売れず、その後メンバーはプロデューサー、作家、スタジオミュージシャンなどを経て、それぞれがソロミュージシャンや大物作家としてのキャリアを成功させた。



細野晴臣氏、大滝詠一氏はソロミュージシャン、松本隆氏は作詞家、鈴木茂氏はギターリスト兼プロデューサーとして生き残った。



同時代のキャラメルママのメンバーだった松任谷正隆氏はユーミンを得て、彼女のプロデューサーとして君臨した。



同時代に出現した山下達郎氏は、シュガーベイブという売れないバンドを経てCM作家で食いつなぎながら売れないソロアルバムを出していたが、1980年、ライドオンタイムでブレークし、その後はご存知の通りだ。



坂本龍一氏は、大学生時代からスタジオミュージシャンをやっており、その後アレンジャーにもなったが、細野氏にYMOへ誘われて加入した事でキャリアが二段階特進し、その後ソロミュージシャンとしてや映画音楽作家として大成功を収め現在に至っている。



もし坂本氏がYMOに誘われず加入しなかったら彼のキャリアはどうなっていただろう?



YMOは坂本氏なしでも成功しただろうか?



戦場のメリークリスマスの仕事は坂本氏の手に来ただろうか?



そしてラストエンペラーの仕事は?



こうして見れば運という部分も相当重要な要素と分かる。



レコード会社等のオーディションで発見されデビューシングルから檜舞台から落ちず、約40年以上を売れたまま飛行しているのがサザンオールスターズだが、こうしたケースは例外中の例外だと判るだろう。



(つづく)

 

引用資料:

経済はロックに学べ!/アラン・B・クルーガー

 


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悩ましいエンタメ業界の未来 ~ストックビジネスとフロービジネス~ [独り言]

悩ましいエンタメ業界の未来

~ストックビジネスとフロービジネス~


本文は2020年8月25日に記載している。

コロナ禍で世界中、未来が不透明だが、それでも我々は先を見据えて準備をしなくてはならない。

ワクチンの開発は急ピッチで進行中だが、早期開発後のリスクがどの程度なのかは誰にも分からない。


どの産業も例外なくコロナの影響を受けている。

殆どは負の影響ばかりだが、正の影響を受けた産業も若干ある。

ゲーム産業だ。

任天堂の売上と利益は過去最高だし、

ソニーの決算においてもプレステ4関連は別格の売上と利益を出した。


しかし、エンタメ産業、観光関連、サービス産業(飲食)等は、負の影響をまともに受けてしまった。


ここでは主としてエンタメ産業の未来に行く末とビジネスモデルの転換の勧めについて書こうと思う。


まず、特に音楽産業において、ライブビジネスが壊滅的打撃を被っている。

2019年度の段階で約3660億円(コンサートプロモーターズ協会調べ)の産業だったが、

2020年度に入ってからはコロナの惨禍で売上は限りなくゼロに近い。


ライブビジネスは、アーティストを頂点として、事務所、イベンター、バックミュージシャン、

音響、照明、楽器、美術、グッズ、リハスタ、チケット代理業、映像制作、トランポ、会場、仕出しなどと産業の裾野が広い。

当然だが、ヒエラルキーの頂点にいるミュージシャンが主催するライブに集客出来ない環境のため、トリクルダウンが成立しなくなってしまった。


現在は苦肉の策でライブ配信を実施しているが、特にアリーナ級のツアーが出来るアーティストにとっては、十分とは言えないビジネス規模だ。

サザンは6月下旬に横浜アリーナを使って15万人有料視聴の配信ライブを実施した。

1視聴辺り3600円だから、5.4億円の売上と推定出来る。

サザンクラスでこの視聴動員数と売上と分かった事は興味深い。


サザンの直近のツアー動員数は、55万人と言われているが、チケット代を乗じると売上規模は30億円台だ。

これにグッズの売り上げが別途加わるが、多分5~10億円前後辺りだろうと推定する。

配信ビジネスの規模がリアルライブと比して大幅に下がるのは宿命ともいえる。


さて、2019年に全米で最も稼いだアーティストは? 

米ビルボード“Money Makers”ランキング発表(Billboard JAPAN)によれば以下のようになっている。





興味深いのは、トップ海外アーティストの大半が、ツアー収入がビジネスの柱だという点だ。

これは世界的傾向で日本も例外ではない。

なお、クイーンは、トップ10の中で例外的には各項目の売上比率のバランス良い。

特にセールスとストリーミングの売上が他のアーティストと比較して、

圧倒的に高いのだが、これは映画「ボヘミアンラプソディ」の影響が強いからだろう。

クイーンのストリーミング収入を超えているのは、ジャスティン・ティンバーレイクとアリアナ・グランデだけだが、クイーンの長いキャリアを考えれば、驚異的と言っていいだろう。


(参考)

クイーン / $35.2M(37億1,600万円)

 セールス $9.6M(10億円)/ ストリーミング $8.1M(8億5,500万円)/ 

出版 $3.1M(3億2,700万円)/ ツアー $14.4M(15億円)



配信ライブビジネスの場合、同じセットメニューや演出を何回も配信すると新鮮さを失うので、

ビジネスチャンスがワンチャンス+αになってしまうというデメリットがある。

また技術的なバラつきがあるため、安普請の配信システムで行うと、

音質、映像に不具合も出易い。

つまり質の担保が困難なのだ。


配信の売上だけでは足りない場合、

売上を確保するために、チケットとグッズを抱き合わせる販売方法も考えられるが、

実際のライブ会場で売るよりも買う側の観客の興奮度が下がるため、

グッズによる補填部分は読みにくい。


ホールツアーの場合、一会場で75%以上の集客がないと利益ベースに乗らない。

現在のように政府から入場数の制限が出ている段階では、

ホールツアーを行う事は、そのままビジネス的な自殺行為になってしまう。

当然だが、もともと集客キャパ数の少ないライブハウスは、

さらにビジネスを成立させるのが更に困難だ。

またアリーナツアーの場合でも、連続した3公演の内、1.5公演分は赤字で、

1.5公演分がトントンか黒字になる程度だ。

実際の利益を出してくれるのは観客が買ってくれるグッズ収入なのだが、

現在はリアルの集客出来ないため、グッズをライブと同様規模で売る事も不可能だ。


音楽産業の場合、最悪だったのは、

多くのミュージシャンのビジネスモデルで、

フロービジネス(流動ビジネス)と

ストックビジネス(累積ビジネス)のバランスが余りにも悪かったという事だ。

フロービジネスというは、ライブのような実際の事業を実施し、

都度都度集消費者に消費させるモデルだ。CD販売やグッズ販売もこれに当てはまる。

反対にストックビジネスとは、例えばファンクラブのように年会費を集め、会員数に

大きな変動がなければ毎年度の売上と利益がある程度計算できるモデルだ。

先ほど書いたクイーン等ののビジネスは多くはフロービジネスだ。


昨今定額制ビジネスが発展しており、NETFLIXやSPOTIFYなどが人気だが、

ストックビジネスの強みを生かしている代表格だろう。


ミュージシャンのビジネスの場合、例えば数十万人のファンクラブ会員がいる場合であれば、

コロナ禍の中でも最低限度のビジネス維持が可能だ。

例えば年会費5000円で10万人の会員がいれば5億円の売り上げになり、

また会員全員に追加の売上(グッズ販売等)が出来れば、プラスを見込める。

仮に半分の会員が一人年間で5000円を追加支出してくれれば、

売上は7.5億円となり、

ミュージシャンや事務所関係者もそれなりの規模を維持できるだろう。

ストックビジネスの利点は、安定した収入と利益が確保できるだけでなく、

キャッシュフローの維持が楽な点にある。

毎年の退会者数は、過去の履歴からある程度読め、

先々の残存者数も一定の範囲内で読めるため、

毎月のキャッシュの動きが把握し易い利点がある。


日本で最大のファンクラブ会員数を保有しているのは、

おそらくジャニーズ事務所だろう。

彼らでさえもコロナ禍の影響によるライブ活動の中止で、

大きな損害を受けているだろうが、

日本有数の会員を誇るファンクラブ事業があるため、

当面のキャッシュに困る事はなく、

先々の事業維持が見通せるという訳だ。


もちろん例えばファンクラブの場合、その存在価値が、

アーティストやタレントのコンサートチケットが優先的に取れるという部分に

大きく依存しているため、

コロナ禍で、ライブ開催が長期に渡って出来なくなると、

会員になっているメリットを感じられなくなり退会者が続出することは避けられない。

それでも知恵を働かせてアーティストやタレントのファンクラブ向けだけの発信等で

付加価値を付ける事が出来れば、退会抑止を一定範囲に抑えられるだろう。


いずれにしても、こうしたストックビジネスの基礎を持ったミュージシャンやタレントであれば、

当面の支出を管理することでこのコロナ禍の苦境を乗り切れるだろう。

しかしフロービジネス、つまり、ライブ収入等への過度の依存がある場合、

今回のようなコロナ禍の直撃を受けてしまう。


ライブ関係で言えば、前述したようなイベンター、バックミュージシャン、

音響、照明、楽器、美術、グッズ、リハスタ、映像、トランポ、会場、仕出しに

従事する人たちはフロービジネスだけで営んでいるため、

危機を回避するための道が殆どない。

またミュージシャンの事務所でも、ファンクラブの会員数がそれほど多くなく、

全体の売上に占める割合が少ない場合、こうした危機が直撃するケースとなる。


それでもキャリアが長くヒット作品の多いミュージシャンの場合、

過去の作品の印税収入である程度を乗り切れる場合もあるだろうが、

やはりライブ収入の激減は、ファンクラブのようなストックビジネスを抱えていない限り、

厳しいと推察できる。


この先のエンタメビジネスの未来を見据えた場合、

フロービジネスとストックビジネスの両方に天秤を掛け、

どちらかに依存し過ぎないビジネスモデルの中で活動を考える必要があるだろう。

勿論、そうしたビジネスモデルの維持を考える事は、事務所の社長や役員たちが主体だが、

特にエンタメビジネスについては、ミュージシャンやタレントたちの

ビジネスへの理解が無いと成立しにくい。

これはビジネスに直結したエンジンが彼らだからだ。

ミュージシャンやタレントの中には、

ビジネスは自分たちの仕事の範疇ではないと考えている人たちも多いだろうが、

今後の時代において、そのような人たちは自然に淘汰されると予言しておく。

特にミュージシャンは、音楽を生み出す行為と金になる事が直結するように見えることを嫌う傾向がある。

金の事を語るのは穢れているという感じだ。

ミュージシャンにとって理想的なのは、自分が自然に生み出した音楽が、自然に世の中に伝わり、

結果的に金銭として帰ってくるような形が理想的で、ビジネス目的で音楽を作っているんじゃない、

という意識がどこかにあるだろうと思う。

それはそれで素晴らしい理想論なのだが、結局ミュージシャンは、

自分の生み出す音楽を金銭に変えられなければ、活動の資金を失い活動そのものが継続出来ない。

ミュージシャンのクリエイティブとビジネスとの距離感は大変に難しい課題だが、

綺麗ごと言っていても未来はない。

実際、今回のコロナ禍で一番の困難は、キャッシュを産まなくなってしまったことだろう。


売れているもしくはキャリアが長く成功しているミュージシャンは決定権者であり発言力が強い。

彼らの意向は、必ずビジネスに直結するし、それは自分たちに跳ね返ってくる。


だからプロでやっているミュージシャンは、絶対にビジネスを無視しては活動を維持出来ない。

従ってミュージシャンがビジネスに関する理解をする事は、

自分の音楽制作活動を後押しすることになり、必要な素養と言っていい。


だからこそ、コロナ禍で事業や収入に大きな影響を受け、存亡の危機に立っている今、

今後のビジネスの在り様を考え実行する絶好のチャンスなのだ。


映像や音楽の世界でNETFLIXやSPOTIFYのようなストックビジネスが幅を利かせている現実を、

同業者はもっとシリアスに捉えるべきだと思う。


いずれにしても、コロナの影響は、今後約2年程度をかけて断続的に続くと見るのが自然だ。

従ってライブエンタが且つてのようにな環境になるためには、

ワクチン接種が国民の大多数に実施され、尚且つ効力があると信じられ、

副作用が問題にならないほどしか発生しないと多くの人々が信じた先にある。


つまり、飛沫感染を全く不安に思えなくなるような環境が日本中、世界中に

定着しない限り、ライブエンタが前の姿に戻る事は絶対にない。

感染リスクへの恐怖は、理屈ではなく生理的な部分が大きい。

恐怖が存在する間は、観客数の制限、観客も声を出しての応援や座席を立ったりする行為等への

制限が残るだろう。

また特定の年齢や性別にファンが集中しているライブの場合、

大人しく座って一言も声を発しないでライブを観てください、と言っても管理出来ないだろう。

大変残念な言い方だが、この点において、ミュージシャンやタレント、また、

エンタメ関係者が積極的に出来る事はなく、周辺環境が整うのを待つしかない。


2020年5月の段階で12月のドーム、アリーナクラスでライブを開催予定し、

チケットを発売しているアーティストもいるが、明らかに判断を誤っだと思う。

何故このような決断をしたのか不思議でならないが、この辺りを深く考えないと

将来的な活動に大きな影響が出るだろう。

アーティストの立場からすれば、未来に向けた期待を込めて、

何でもいいから客との接点を持とうとするだろうが、

ビジネスを無視した活動を優先すれば、ミュージシャンやタレントとスタッフが共倒れになる。

こういう時代だからこそ、冷静に先を見据え、焦って無駄な動きをしないのも、

知恵のある者のやることだ。

もし事務所のキャッシュフローが事業継続に耐えられない場合は、

大手事務所やレコード会社への吸収を容認してでも先に繋げられる事を考えるべきだと思う。


従って今後、資金力のない音楽事務所、イベンターや関係法人は、業界内の資金力のある組織にM&Aされ、

統合されて行くだろう。

これは致し方のない現実であり、それによって生き残る事が出来れば、まだ良いだろう。


かなり楽観的に見ても通常のホールツアーの開始可能時期は、
2021年10月以降と見るのが自然で、もう少しリスクを減らそうと考えれば2022年4月以降になるだろう。アリーナクラスはずっとその先になる。
当然だが、ワールドワイドクラスのツアーをしているアーティストの、本格的ツアー再開は、2022年4月以降のどこかになり、日本にアリーナクラスのアーティストが来日出来る環境は、2022年10月以降だろう。
海外アーティストは、本人だけでなくバックミュージック、関連スタッフなど帯同する人数や機材も多く、感染管理は膨大な手間を金がかかる。
従って海外アーティスト公演の売上がメインのイベンターは、今後経営が厳しくなるだろう。
国内アーティストのイベンターは既に飽和状態で、入り込む余地が殆どないのも逆風になるだろう。
現在の情報から推定すれば何らかのワクチンが出てくるのは2021年前半以降と見ている。
仮にこの推定が有効だと仮定して、日本国民の半分以上が接種出来るまでにはそれから1年程度は見ておいた方が自然だ。つまり2022年秋頃だ。
また接種は高齢者、医療関係者、政府関係者、消防、警察等から始まり、若年層が最後になるはずだ。
ライブ動員の主要な顧客層が最後のワクチン接種者になるという事は、それまでの間、ソーシャルディスタンス等の措置が必要となる。
感染が落ち着いて来ても、再度感染者数が増加する傾向は各国で見られてもいる。
今後出てくるかもしれないワクチンが有効なのか、副作用はないのか、など課題は山積だ。
抗体医薬にも期待が寄せられるが、まだ臨床試験が開始したばかりだ。
いずれにしても医療へのアプローチは散発的に発生し、安定した医療手法になるには年単位で見る必要がある。
この話は日本国内だけの話だが、世界とリンクした話になれば、もっと時間がかかると見るのが自然だ。
現時点から見ても通常のオリンピック開催は、現実的にみて不可能かもしれない。
大会の開催方法を大幅に見直し、受け入れ選手団の管理を徹底出来るかどうかだろう。
海外からの観客を無作為に受け入れるやり方は、日本国内に相当なリスクを背負うため困難だろう。
選手には大変に気の毒だが、開催はかなり限定的な方法を探るか、他の競技会等で代替するしかないだろう。
当面ライブエンタに出来る事は、少人数の観客を入れたライブと配信を組み合わせた形か、配信前提のコンテンツ作りをするしかない。
また配信環境や配信演出をライブでは味わえない付加価値を付けた商品開発として配信するしかないだろう。
ただ、残念だが配信ビジネスはライブのように同じ内容を別の場所で見せて売上げを上げることが出来ない。
これは今後の課題だろう。
また何度も書いたが、今後のエンタメ業界は、フローとストックビジネスの両輪をバランス良く考えないと今後の事業リスクの管理が出来ない。
コロナ禍は、それを教えてくれたと言っていい。
ある意味チャンスだとも言える。
事業ポートフォリオを見直し、今後も続くだろう感染時代を乗り切る施策をしなければ、
エンタメ事業の未来は不透明のままになるだろう。




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2020年以降のコンテンツ産業の未来  [独り言]

2020年以降のコンテンツ産業の未来 

 

音楽産業がビジネスモデルの転換を余儀なくされたのはituneの登場だった。

ジョブスはパッケージ・ビジネスモデルを棺桶に入れたと言っても過言じゃない。

その後、世界的に見れば、You TubeSpotifyなどの登場で音楽の消費は定額制ストリーミングサービスや無料利用が主流となった。

これにより、個別アーティストや音源そのものへの執着が無くなり、個別の音源消費はユーザーにとって空気のような存在になってしまったと言っていい。

その代わりに登場したのがライブエンタテインメントへの市場移行だ。

モノからコトへの市場移行は、音楽コンテンツのデジタル化によって引き起こされた。

 

ある識者のコメントを紹介する。

コンテンツのデジタル化は、コンテンツの無料化を意味する。またコンテンツホルダーは、個人コンテンツホルダーに勝てない時代になる。

 

この識者が言うまでもなく、コンテンツ産業は、デジタル化によって識者のいう方向性に進んでいる。

加えてYou Tubeは既存の映像市場に断層的な役割を果たし、特にテレビやDVD業界に極めて大きな影響を与えている。

特にニュース報道において、これまではプロの記者が取材した映像が主体だったが、現在では現場にいたスマホユーザーの映像が使用されるケースが多々ある。コンテンツホルダーは、個人コンテンツホルダーに勝てない時代になるという点の一面であろう。

 

音楽産業で起きた、コンテンツからライブエンタへの市場移行は、モノからコトへと価値の変化が起きたからだ。

体験型のライブエンタは、音源で得られるものとは全く違う次元の快感を与えてくれる。特に音源がデータになり、ユーザーがジャケット写真や付属情報に依存しない環境に慣れてしまった現代において、代替できないものがアーティスト自身であることを考えれば当然の帰結と言える。

そのライブエンタ産業にも死角がある。

会場数と収容数以上には産業の伸びる余地がないという現実だ。

2019年末から2020年に入り、ぴあが建設した1万人規模の会場やZEPPの新設などがあったが、いずれも全体数から見れば微増に貢献する程度だ。

実は日本の全会場(数百人~アリーナクラス)の稼働平均率は約75%程度なのだ。

残り25%は未稼働なのだが、この未稼働分をゼロに近づけるのは中々困難だ。

主要な理由は、会場を持っている各イベンターの情報が共有されない点にあり、競合する他のイベンターが利用したくても利用できない現実がある。

仮にこの垣根を取っ払えば、現在の市場は10%以上アップする可能性がある。

それでも会場数と集客数以上のマーケット形成は不可能だ。

 

そこで将来的に有望なのが、疑似体験市場だ。

既に知られているのはライブビューイングだ。映画の劇場は市場が低下する中、この部分に注目をしており、「嵐」なのでは数十万人規模の動員がある。

しかし、近未来を考えれば、現在のような二次元ライブビューイングは時代遅れになるだろう。

それを大きく飛躍されるのはVR5G(もしくは6G)の存在だと思う。

先ほど疑似体験市場と云ったが、VRによるコンサートへの参加が、現場と同じ体感と遜色ないほどの体験が出来るVRライブビューイングの時代になれば、ライブエンタテインメント産業は、現在の数倍もしくは数十倍に拡大することが可能だ。

実際に、こうしたリアルな体験が出来る技術は日進月歩だ。

私は、10年以内に、実体感レベルの高い、360度シームレス映像のVRライブビューイングサービスが立ち上がると予測している。

 

またこのサービスの利点は、「地域差がなく」また「国境がない」ので全国均一なワールドワイド市場に対応可能だ。

日本国内であろうが、海外のライブであろうが、場合によっては時間や場所の制約なしで楽しむ事が出来る。

当然You TubeなのもVRサービスをする時代になるだろうが、特別な体験は、質に伴う部分が多く、また最も重要なのは「共感性」の創造だ。

またこのサービスは、年齢に関係なく利用可能であり、当然高齢者も対象となる。

海外でしか行われないコンサートでも日本で楽しむ事が可能だし、逆も同じだ。

VRライブビューイングの時代は、音楽産業が次のブレークスルーをする上で欠かせない事業になると信じている。

最大の課題は、VR機器の個人への普及だが、価格面、インフラ面が初期ユーザーの増加によって一定レベルまで下がってくれば周辺ユーザー数は自然に増加するのが一般的な市場動向だ。

私も高齢になってこういうサービスがあったら、自宅から出ずに疑似体験出来るだろうから、利用すると思う。

 


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ド素人だから分かる! 誰も教えてくれない人生設計の描き方 ~Part-2 貯金の巻 [誰も教えてくれない人生設計の描き方]

ド素人だから分かる!


誰も教えてくれない人生設計の描き方


Part-2 貯金の巻


 


厚生労働省調べによれば、日本人の貯蓄の平均は以下であるという。


 


【年代別:平均貯蓄金額】


年代

平均貯蓄金額

29歳以下

1548千円

3039

4041千円

4049

6527千円

5059

1,0512千円

6069

1,3394千円

70歳以上

1,2635千円


 ※出典:国民生活基礎調査[各種世帯の所得等の状況](厚生労働省)



人によっては上記数値を見て、随分と他の人は貯めているなあ・・と思う人も多いだろう。


年齢が上になるほど貯蓄額が多くなるのは、経年による積み上げがあるからだが、平均的にみて60歳代が貯蓄のピークとなっている。


当然だが累積労働時間が長いからだ。
また70歳から下がっているのは貯蓄の一部を切崩している査証だろう。


当たり前の事なのだが、平均的もしくはそれ以上の貯蓄をするためには、そもそも生涯年収がある程度高くないと難しい。
若い時は貯蓄よりも可処分所得を使う事で人生に役立つ資産を得られることもあり、必ずしも積極的に貯蓄に励む事が良いとは思わないが、ある年齢以降では貯蓄もしくは運用を意識しないと今後の100年時代を乗り切る事は出来ない。


年齢以降の家計を考えると、貯蓄や積み立ては避けられない行為になる。


さて、一体何を目標にして貯蓄をすればいいのだろうか?


以下は日本の平均的な労働者の賃金風景だ。


 


日本の平均年収の男女内訳(国税庁調べ 平成30年度版)


平成30

平均給料

平均賞与

平均給与

455.1

89.9

545.0

251.9

41.1

293.1

371.0

69.7

440.7


 


男女平均額の年収440.7万円に38年を乗ずると約1.7億円だ。これが日本の労働者の平均的な生涯年収像と言っていい。


上記額から税金等が控除されるので、手元に残るのは75~78%程度となる。これに退職金が加わる事になるが、退職金はゼロから数千万近くまでの千差万別なのでこの段階では言及しない。


いずれにしても、殆どの人々は、この位の賃金で現役時代を生き、老後に備える事になる。


参照資料:厚生労働省 都道府県別平均賃金(平成30年度版)


https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2018/dl/13.pdf#search='%E5%8E%9A%E7%94%9F%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%9C%81+%E9%83%BD%E9%81%93%E5%BA%9C%E7%9C%8C%E5%B9%B3%E5%9D%87%E8%B3%83%E9%87%91'


 


仮に60歳で定年退職し、男女の平均寿命の真ん中辺りとなる25年間を生きたと仮定しよう。


60歳からの毎月の生活費を25万円と仮定した場合、死ぬまでに生きるために合計額で7,500万円(25万円×12ヵ月×25年)必要となる。


凄い金額だと分かるだろう。


 この人の年金が65歳から出ると仮定し、毎月の受給額が15万円とすれば、年金だけで4,500万円を受給することになる。


しかしここから約20%程度の税金等を納めるため、可処分所得は3,600万円となり、7,500万円との差額は3,900万円となりこれが不足額と分かる。
さて、仮に退職金が1000万円あったとしよう。退職金は一定額まで無税なので、この場合、不足額から控除できる。


これで残不足額は2,900万円だ。
月額に直すと9.6万円相当だ。


 現役時代に総額2,900万円を目標として貯蓄を計画、実行することになるが、これを現役時代の労働期間38年で割ると平均で毎年76.3万円、毎月平均で約6万円余程度の貯蓄が必要だと分かる。


仮にマンションなどのローンがある中で、さらにこれだけの貯蓄を考えるとすれば、中々大変な額だと思わないだろうか?


そこで、これはとても無理だという事なら、以下の選択肢から実行しなければならない。


     60歳以降も働いて一定の現金を稼ぐ(人的資産の活用)。


     現役時代の大幅な支出見直しをして実行する。


     60歳以降の毎月の生活費を削減する。


     現役時代に給与の良い仕事をして貯蓄額を増やす(人的、人脈資産の活用)


     投資等の運用で増やす(もちろん減るリスクもあるが・・)(金融資産の活用)


 


例の年金2,000万円問題というのは別に特別な事ではなく、かなり当たり前の事を言っていると分かるだろう。貯蓄に関する人生設計は、たったこれだけの加減乗除で整理して整理出来るのだが、皆さんはどのような感想を持っただろうか?


現役時代に2,000万円を貯蓄出来たと仮定すると冒頭のケースでも、まだ約900万円近く不足する。


900万円の不足を補えなければ何等かの対処が必要だが、一番簡単なのは生活費を削減する事だろう。


月25万円を22万円に削減した場合、削減額は25年間で総額900万円となる。


計算上はこれで解決する。


しかしこれは計算上の話で、現役の生活には意図しない支出があったり、無駄使いをしたりと様々な事が起こる。


 


また60歳以降になると病気等の確率が高まり、大きな支出を余儀なくされるケースが多くなるし、自分の葬儀費用だって保留しておく必要がある。


従ってベースラインとしては上記の通りだが、実際はそれ以上にバッファーを持っている必要があり、最低でも500万円、できれば1000万円以上の余裕があれば安全圏内と考えてもいいだろう。


従って、還暦後の25年の間に更に不足する1000万円を何等かの方法で調達するという事になる。


例えば定年後も70歳まで10年間、何等かの形で働いたと仮定すれば、手取り年収平均100万円(額面では135万円程度)の収入を得れば対応可能と分かる。


橘玲氏の著作にもあるが、人間が持っている資産は、「人的資産」「金融資産」「人脈資産」の3つであり、これのどれかを使ってしか資産形成が出来ないと語っているが、全くその通りだと分かる。


メディアで報道される年金は、老後を担保するもののようにミスリードされているが、実際の年金は「保険」でしかない。


つまり年金は、現役時代の納付額で決まるというだけで、長生きすればそれだけもらえる訳だ。
支給額は現役時代の収入の50~60%で設計していると言われているが、実際の支給額は1人辺り年間70~180万円程度だ。
従って年金収入だけを当てにして生きるのは中々大変だと分かるだろう。


特に今の20代、30代の人たちは、今からそれなりに意識を持って60歳以降の生活設計を見据えないと時間が足りなくなってアウトになる。


時間があればあるほど優位性があるからだ。


現在は70歳定年などという言葉が出てくる時代であり、企業側からしたら人件費の負荷が重くなる時代が見えている。
当然近い将来、正社員の数を大幅に絞る時代が来るだろうし、労働者の多くは数社掛け持ちなどという働き方が当たり前の時代も来るかもしれない。
特に年齢が40歳以上になると極めて厳しい時代が来るのは目に見えている。


時間的余裕があればあるほど対処する選択肢が多いので、上記を良く考えて備えておいた方がいいだろう。


過去記事:


ド素人だから分かる!
誰も教えてくれない人生設計の描き方~Part-1 自宅購入の設計図の巻


https://skjmmsk.blog.ss-blog.jp/2019-10-31



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誰も教えてくれない人生設計の描き方 ~Part-1 自宅購入の設計図の巻 [誰も教えてくれない人生設計の描き方]

ド素人だから分かる!


誰も教えてくれない人生設計の描き方


Part-1 自宅購入の設計図の巻


 


私は20199月で還暦を迎え、それに伴い定年退職となった。


私の社会人人生のスタートは、いわゆる普通のサラリーマンとはちょっと違う。大学時代に就職活動をせず、そのまま社会に入っていったからだ。


就職活動をしなかったのは、当時ミュージシャン志望だったからだ。


 


当時の自分を今の自分の視点から見ると無謀でしかないが、当時の私には自分の力量と未来を見渡せるような能力が無かった。


それでも夢のために必死に生き、23歳から42歳まで憧れの音楽業界に席を置いた。当初描いていた夢の一部は叶ったが、多くの夢は破れた。
そして42歳から60歳の定年まで、衛星放送と映像事業の業界に席を置いて生きてきた。


自分の人生の総括はまだわからない。
スガシカオの曲、Progressの一節に「ずっと探していた本当の自分って もっとカッコ良かったけど」とあるが、あの心境は私にも重なる。


 


還暦になった私の実感は、若い時、ちょっとだけ人生を刹那的に行き過ぎたかもしれないという事だった。


そういう意味で、私は人生の設計図を描き切れないまま還暦になったと言っていい。


この企画はその反省から産み出てきたものだ。


 


実社会に入ると、人生設計に必要な情報や知識を誰も教えてくれない。
自分自身で気が付くか、他人の生き方をベンチマークするしかない。


先日、アレックス・バナヤン著の「サードドア」を読んだ。ビル・ゲイツを始めとする成功者への様々なインタビューを通じた彼の総括は、「自分が何者かは、自分の能力ではなく、自分の選択で決まる」とあった。


自分の人生を振り返っても選択の重要性は思い当たる事が多いし、より良き選択が人生を様々な方向に導く事も理解できる。


多くの人々は、他人がどのような人生設計を持ち、どのようにより良い老後を暮らそうとしているか詳しく知らないはずだ。


私自身を振り返れば、色々な情報や現実を理解していれば良き選択をした場面が多かったと思う。


若かった時代は未熟でそうした考えすら浮かばなかったことが悔やまれるが、色々な人たちと話しをしているとそれが自分だけではないことに気付く。


 


果たして人生は適切に見通して設計できるものなのか?


また人生をより良く送るために知っていた方が良い事は何なのだろうか?


ここでは様々な観点を整理して書いてみようと思う。


 


◎自宅を購入するという設計について


 


自宅購入の基本設計図:


    自宅購入総額=【手取り生涯収入(見込み)+相続遺産見込み】×25%(以下)


    自宅購入総額とは、自宅購入ローン額(税別)+利息+維持管理費の合算値である。


    収入のピークに合わせた価格決定をしてはいけない。


    老後の自分や家族の在り方を見通した家選びをすること。


    老後の体力に合わせた家選びをすること。


    本当は家を買わず、借り換えできる人の方が人生の柔軟性に対応できる。


 


誰にとっても自宅を持つ事は夢の1つだろう。殆どの人にとって自宅を買う事は人生最大の買い物と言って過言ではないし、事実そうだ。


マンションにしろ、一戸建てにしろ、数千万円の物件を長期ローンで買う判断はかなり困難を伴う。
その理由は、誰にとっても初めてなのに、ほぼ最後の経験になるからだ。従って自宅購入にまつわる失敗談は数多く、当然そうして失敗談を見聞きしても経験後に分かる様々なトラブルをその後に生かす方法もない。また多くの人は大抵の場合、失敗談を我が事だと思わない傾向がある。


 


さて、自宅を購入する際、最も困難なのは購入金額の決定だ。


以下、上記記載の自宅購入の基本設計図の①と②について書く。

大抵の場合、自宅を購入する年齢は20代後半から40代初頭が多いが、それ故に将来の給与の伸びや不測の事態を甘く見積り、自分の許容量を超えた金額の購入設定をしてしまう。


自宅の購入金額を決定する際のキーポイントは、「手取生涯年収(手取生涯世帯年収)」の見込み額だ。
20
代後半の人が60歳(現在の平均的定年)までの想定手取り収入を予測するのは非常に困難だが、会社員なら自分の会社の50代の人の平均的な年収を調査することである程度可能だし、上場企業なら四季報を読めば前者平均給与額の掲載があり、そこから予測可能だ。
一般的な意味では日本全体の男女の平均収入、もしくは世帯収入を参照することも可能だ。国税庁が発表している2019年の日本の平均所得は、432万円(男性平均:531万円、女性平均:287万円)だ。


 


https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2018/minkan/index.htm


 


仮に60歳までの38年間を働くと、平均で約1.6億円の額面所得となり、手取りだと約1.2億円と推定できる。


さてこの平均的なケース場合、自宅の適切な購入額は一体幾らなのか?


 


賃貸物件に住んでいる人たちは知っていると思うが、収入に対するアパートの家賃率は最大でも月額手取りの30%以下と聞いた事はないだろうか?


 


この数値は非常に実質的な数値で、これを上回ると生活費の他の部分を削る必要に迫られることが分かっている。


私の経験測で言えば、25%以下が適切で、出来れば2023%以内にしておかないと、将来の賃金変化や修繕費、貯蓄等への対応が出来ない。


さてこの数値に先の平均生涯年収を当てはめてみよう。


仮に30%とすれば、1.2億円×0.30.36億円(3,600万円)と算定される。


 


なお、この額は、不動産取得税や、ローン金利込みで、尚且つマンションの管理費、関連税を加えた額である事を理解して欲しい。


そうなると3,600万円の物件が購入できる訳ではなく、実際は2,000万円台中盤位が適切という事になる。


地方ならともかく、東京だと1DKレベルかもしれない。家族が住む家としては狭すぎる。
つまり大きな物件を買うなら23区外や隣接県に求めることになるし、場合によっては地方ということにもなる。


仮にあなたが生涯予想手取り年収2億円(生涯平均額面年収800万円程度)とすれば、理論的には3~5千万円の物件が可能だ。


またより細かく指摘しておけば、支払いの際、ボーナスを当てにした支払い方法は避けておいた方がいいだろう。本来家賃は月額の手取り収入に対して支払い可能な額にしておくべきで均等払いの方が設計が楽だ。また収入が下方になった際のボーナス払いは圧倒的に家計を圧迫する。


仮に購入時にそれなりの貯蓄があり、頭金を支払うことでローン額+管理費を家賃程度に圧縮出来るのであれば、その方法がベストだ。一時的にキャシュフローが減るため頭金の設定は慎重にして欲しいが、ローン額と時期を短くする方が結果的に良いからだ。


またローン完済年齢は60歳前までがいいが理由は後述する。


生涯年収が平均よりも遥かに高い人たちや親の資産提供で補填してもらえる階層は、それに比して条件の良い物件を手に出来るが、生涯年収の平均値だけから算定すると、この位が日本の平均だと判る事を理解する必要がある。


 


何を言いたいかと言うと、平均的な収入の階層は、自分の親からの資産配分か、結婚相手の資産配分無しで高額物件にアクセスすることは困難で、アクセスした場合、何かを犠牲にしなければ支払いが難しいということだ。


 


私のような独身の地方出身者が東京に住み続けるために東京圏に家を持とうとしたら、日本の平均生涯所得の2倍以上の所得がないとあるレベル以上の自宅を持つ事が叶わない。


もしくは、運よく結婚相手が自分よりも収入が上で世帯収入が平均の2倍以上を確保出来るか、もしくは結婚相手が資産家なら可能性が高くなるだろう。


東京に住んでいる人たちには理解し難いだろうが、地方出身者が都会で人並みの家を親の資産援助無しで持つのは結構ハードルが高いのだ。


つまり、自宅を購入しようと思ったら、自分もしくは世帯の生涯年収の予測と、付き合う女性(もしくは男性)に関する様々な面での検討が必要となる訳だ。


当然、若ければ若いほど、こんな世知辛い視点で人生を送ろうとは考えない人たちが殆どだろう。それは当然だ。
また、この考え方に眉をひそめる人がいることは十分に理解した上で書いているが、結婚は相手によって自分の人生が変わる可能性が一番大きなイベントだと知っておいた方がいい。
誤解なきように書いておくが、金銭的環境だけで結婚の幸不幸につながらない。実際、我が家は中流家庭で資産も殆どないが、母は父に感謝して生きていた。


それでも余りに金銭的余裕がないと、精神的余裕を失う事は自明の理で、やはり金銭は適度に必要なものである。

いずれにしても、自分の実家に配分されるほどの資産がない人は、自分自身で作り出すか、結婚相手の資産によって嵩上げする必要があることを覚えておいて欲しいだけだ。


「玉の輿」という言い方があるが、これは男女両方に当てはまる。


若い時の恋愛感情は、前述のような冷ややかな計算に基づいて起きるものない事は十分知っているし、そうした無垢な恋愛感情が結婚、出産へ導いてくれるのだが、数年もすると恋愛感情の魔法が解け、金銭が飛び交う現実に立ち向かう毎日となる訳で、いずれにしても金にまつわる人生設計をすることになる。
従って上記記載の考え方は好き嫌いは別にして理解していて損はない。


 


昨今、人生100年時代と言われる。


一戸建てにしてもマンションにしても耐用年数があり、特にマンションはかなり丁寧に住んでも50年程度が限界だ。
一戸建ても建築条件に依拠するが、余程木材を中心にして金をかけた建築以外は50年程度だろう。


そうなると20代で購入した場合、建物の耐久性によってはもう一度買わなければならないか大規模な修理を必要とする計算になる。
しかし高齢になって金をかけるのは不可能なので、買ったマンションをどこかの時点で売って新しい住居を買いなおす必要があるが、これもなかなか難しい。


実際買い替え行為が可能な人たちはかなり少数で、普通は最初に買った物件に住み続けることになる。


 


ここ数年、東洋経済のオンライン記事に、年収1000万円以上の人たちの生活破綻が幾つも出ていた。普通の感覚で年収1000万円以上が生活破綻するとは俄かに信じられないが、私の周囲にもこうした人は散見される。


理由は簡単で、年収1000万円以上の人は日本で収入のある人たちの中で約4%程度しか存在しないが、死ぬまで年収1000万円以上を維持できる元サラリーマン層はほぼ皆無だからだ。


年収1000万円以上の人たちは、30代後半から40代中盤にかけて年収が上がり始め、同時に生活支出を増やしてしまう。
収入が維持できれば支出も維持できるが、大抵のサラリーマンは還暦年齢まで年収をピーク同様に維持することが困難だし、還暦以後は殆どの人たちが例外なく現役時代の年収の3040%以下になる。
その後年金だけの収入になれば、更に収入は下がるが、それが高齢者の家計の現実だ。
従って年収増加に合わせて支出を比例させてピークを作る事が如何に非合理と分かるだろう。


自宅購入の基本設計図の③はこの事を示唆している。


 


また、先ほどローンの支払いは60歳までに完了した方が良いと書いた理由は、この点にある。


多くのサラリーマンは、自宅購入のローンの支払い終了時期を65歳以降にも設定している。(私の知り合いは80歳まで設定していて驚いたが・・)


これは、年収が減る中でローン返済額が減らないままとなり、収入に対する返済額が許容率の30%を超えてしまい生活を圧迫する設計をしていることになる。


また前述したが、昨今役職定年等で50歳以降に減収するケースも多くなり、こうした場合も上記と同様になる。年収1000万円の人が10%減収しただけでもローン負担は相当なものになる。


私がローン設定額を20%に近い程度にしておいた方がいいという理由は、こうした背景があるからだ。


 


基本設計図の④~⑤は、意外な落とし穴と言っていい。


大抵の場合、家を買うのは若い時で、健康で体力もある。


大抵の人は自分の現在の状態に合わせて家を買ったり建てたりしてしまうが、多くはこれで失敗する。
特に子供がいる人は、部屋の多い物件にしたり、土地が安いからと言って、かなりの道のりを登るような高台に家を持ったり、また人によっては3階建てにしたりする。


家を持つ際、その家に永遠に住むのは誰かを考えた方がいい。また自分たちが80歳に近くなった時にどのような状態になって家に住む事になるか想像を巡らせた方がいい。


 


昨今は歩き先々で高齢者に出会うが、彼らはあなたの未来の姿だと考えておくべきだろう。つまり大抵の人はある年齢でヨボヨボになって杖をつき、腰が曲がって容易に歩けなくなるのだ。認めたくなくても大抵の人はそうなる。


だからそういう状態でも住める家を求めておかないと、大変な苦労を背負う事になる。


実は、私のとある知り合いは3階建ての家を建てた。私がその家に行って思ったのは、最終的に夫婦2人だけで住む家をこんな大きなサイズで作ってしまった大丈夫だろうか?という事だった。日常的な掃除や維持管理だけでも大変だし、そもそも高齢になって3階への階段移動が可能だろうか?という疑問が浮かんだからだ。


他人の家なので、彼らに私の意見はコメントはしなかったが、こうした家は決して例外でなく、大抵の人たちは若い時代の体力や状態だけを念頭に置いて家選びをしてしまうという典型的な事例なのだ。


 


最後に自宅購入の基本設計図の⑥について書く。


この考え方はかなり逆説的だが、201910月の台風や豪雨被害がヒントになっている。


特に今年の豪雨被害は酷く被災者の方々の現実には本当に心が痛い。


その中の被害者の一人で、テレビの取材に応じた方が印象的だった。
定年退職を機に東京の自宅を売り、転居先に建てた家が洪水被害にあった方だった。
まだローンが残る中での破壊的被害は、他人の私が見ていても心痛する状況だった。


また、千葉のゴルフ場の施設の倒壊が自宅を破壊した例も同様に酷い状況だった。まだ30代と思われる男性が、家の修繕や今後のローン支払い、また事故補償の行方に心を痛めている姿は同様に心痛するものがあった。


仮に彼ら全員が賃貸だったらどうだったろうか?


家財道具は最低限度の保険に入っているため多少の保証が受けられ、また引っ越せば新居で新しい生活を再開できることになる。


今回の災害で家に関わる保険料は大幅に上がるだろう。


その金額を死ぬまで支払うとして、幾らになるか計算してみたことはあるだろうか?


様々なケースがあるので一概に言えないが、マンションの場合で、30年で120~200万円程度、一戸建てだと300~500万円近くなる。


果たしてどちらが良いのだろう? 


家を持たないことは悩ましいが、持つ事も結構悩ましいと分かる。


 


自宅を持つというメリットは絶対にあると思っている。
しかし自宅がある場所によってはデメリットにもなる可能性があるし、それが人生を揺るがす事もある。


賃貸の場合のリスクは、高齢になり、収入が少ないので入居審査に落ちやすいという点だ。


ただし、今後空き家が増え、利用者が減る時代に入る事を考えると、高齢者の住人を受け入れないと成立しないと推定される。


さて、後はあなたの選択である。


 



最終結論:


家を持つか持たないかという人生設計をするということは、現在だけで考えず、人生終盤までを俯瞰して設計しなければ「選択」を誤る。


仮に何らかの誤った選択をすると高齢時にツケを払う羽目になるため慎重にした方がいい。


また高齢時になって払うツケは、取り返すのが殆ど難しく、人生に重い最後を突き付ける可能性がある。



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重要な情報なので共有致します。豊増 洋右さんの大型台風の経験。 [独り言]

台風19号が迫っており、今迄にない緊張感を強いられております。
私が東京に来てからこんな大型台風は初めてで、想像を絶します。
台風15号の経験から学ぶ事は多くありますが、以下の豊増 洋右さんのコメントには切実な経験値があり、重要な情報が含まれておりますので、
皆さまや特に千葉県の方々にお読み頂きたくシェアをさせて頂きました。

 

【T9119 の経験から】

これは、あくまで九州で91年の台風19号の被災したときの経験の話です(正確には17号と19号の2連続の経験)。いたずらに不安を煽るようなことは書くべきではないとわかっていますが、最悪の事態を想定する必要はあると思うのであえて経験談として書きます。自治体のみなさんもすでに対策されていると思いますが、今回は本当に最悪の事態に備える必要があります。2連続直撃というのが、本当に恐ろしいです。

91年の台風19号のときは、その1週間前の台風17号で屋根瓦の一部が飛んでしまっており、そこに来た2度目の台風によって、風速42m程度で、母屋、牛舎の瓦のほとんどが飛び、倉庫の屋根はなくなりました。母屋は壁もなくなりました。一部の瓦がずれていたり、なくなってしまっていると、40mくらいの風で全部剥がれて飛んで行ってしまいます。ブルーシートはかなり入念に抑えていたつもりでしたが、一瞬でなくなってしまいました。

西日本の多くでそういう事態だったので、瓦の供給は順番待ちで、全部の屋根瓦をふき終わったのは年が改まってからでした。その間、ブルーシート生活は長く、風でだんだん痛んで破れるので、何度となく新しいものに貼り直しました。

風速40m程度の台風が2回続けて来た、ということの結果が上記です。

今回の台風19号が千葉県に上陸した場合、15号ですでに屋根の一部が被害を受けているような家屋は、最悪の場合すべての瓦や屋根材が飛ばされてしまう可能性があります。仮押さえしているブルーシートも、いままさに必死で対策してくださっていると思いますが、それでも多くが飛ばされて電線などにひっかかる可能性があります。夜があけたら大量のブルーシートが電線にかかっている、ということも想定する必要がああります。

台風通過後は、屋根全部を覆う大きさのブルーシートが大量に必要になることは間違いないと思います。そのつもりで、各自治体からの支援の準備が必要かと思われます。

災害対策本部をいつ設置したか、とか、知事がそのときどこにいたか、とかは正直、どうでもよく、最悪の事態を想定してどこまで手を打てていたか、だと思います。いまの段階で、一部被災した家屋の多い南房総各地に、大量のブルーシートを運び込んでおく、くらいしないと間に合わないと思います。そして、そのブルーシート生活はかなり長引くことも想定が必要。

それに加えて、停電、断水、通信遮断の対策。

県や国などの中央省庁は「情報が集まらない」などと言っている時点で、最悪の事態を想定する心構えになっていないと思います。災害時に情報なんていくら待っていても集まるわけがなく、人海戦術で確かな情報を取りに行くしかありません。その準備を。

とにかくあと2日間、ひとりひとり減災にむけてできる限りの対策、努力をするとして、そして、上記の準備が全て無駄になるくらい、被害が少ないことを祈るばかりです。

九州育ちなので、風速30m、40mくらいの台風には慣れていますが、今回の15号、19号は本当にそんな九州人からみても異次元の恐ろしさです。かなりビビってます。


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闇営業とタレントと事務所とメディアとあの方の死 [独り言]



吉本興業“闇営業”での損失は数億円規模「1000以上の仕事で調整が必要」



吉本興業のタレント直営業問題は、2019年7月22日の岡本社長の会見によって最初のピークを迎えた。
この間の流れで気になる事がある。
7月9日、ジャニーズ事務所の社長、ジャニー喜多川氏が死去した。
7月17日夜、ジャニーズ事務所に対して公正取引委員会が「注意」をした報道がNHKの一方で流れる。

さて、フライデーに端を発した吉本芸人の闇営業問題は、19年6月初旬の宮迫氏への直撃に始まり、6月4日に入江氏の契約解消、その後、宮迫氏、田村氏が虚実証言をして二転三転し、6月24日に吉本興業が関係タレントが金銭授受をしたと発表し、処分している。

まず、ジャニーズ事務所の公正取引委員会が「注意」をしたNHK報道のタイミングや内容は、かなり違和感がある。そもそも注意位の内容でトップニュースにする点、またNHKも例外ではないが、紅白等、番組への所属鍛錬と出演を考えた場合のジャニーズ事務所への忖度を考えれば、NHKの報道は過去に例のないものだ。
それもジャニー氏の死去後というタイミングなのだ。


また、お笑い巨大企業の吉本興業のフライデーによる一連の騒動の事件化が、たまたまジャニー喜多川氏の入院~死去に近いタイミングで起きたのか、それとも何等かの意図が働いて起きた事象なのか? この辺りは気になる時系列なのだ。

いずれにしても、ジャニーズ事務所の所属タレントたちは、同じ業界内で常に狙われている才能である。またお笑い巨大企業の吉本興業のタレントも同様だ。
そういう感覚値を考えれば、これまでの地上波+大手芸能事務所の構図を更地にしようと考える人たちがいると仮定し、公正取引委員会が「注意」した件の報道や、吉本興業の一連の件には何等かの意図がある可能性を排除出来ないだろう。

この辺りは今後要注視案件だ。


さて、世間では闇営業と言われているが、業界では「直営業」と言われている。

所属タレントが事務所を通さずに、クライアントもしくは

それに近い立場から直接交渉され仕事をもらい履行することだ。

アルバイトとも言う人がいるが、この行為は本来的には契約違反だ。


タレントが事務所を通さないで仕事をしようとする最大の理由は、

事務所の手数料が高いもしくはギャラに満足していないからだろう。

もしくは事務所の手数料の料率がハッキリとしないからかもしれない。

または仮に料率を知っていても

元のギャラの本当の金額を教えてもらえないのかもしれない。

いずれにしても、タレント側に事務所への不信と不満があったのは明らかだ。


事務所側としては、タレントの仕事に関して日々仔細微細なケアを行っており、

その手数料に見合うサービスをタレントに提供していると思っているはずだ。
事務所の最大の功績はギャラの良い仕事を取ってくることだ。
本来タレントは、自分で営業するよりも事務所の営業の方がギャラが良いから

事務所と契約するインセンティブがある。
またそれに纏わる仔細微細な打ち合わせや対応を事務所が対応し、
タレントはスポットライトの中で活躍すれば双方ハッピーなはずだ。

しかし現実はちょっと異なる。
タレントは自分の手数料の料率や経費の明細が具体的に何だか理解しておらず、

様々な周辺情報を得てモヤモヤしている。
ギャラの額も不正確な情報が出回り、事務所への不信感の温床にもなっている。


いずれにしても、今回のようにクライアントの質に問題があれば、

事務所が中に入る事で適切な情報収集し、

依頼の時点で断わることも可能だったことは確かだろう。


そういう意味で世間知らずな芸人が

知りもしないクライアントの仕事をしょうとすると、

こういう恐ろしい地雷を踏むという良いサンプルになっただろう。


吉本興業の芸人は、吉本興行と契約関係がないと言う人が多いが、

契約書の交付がなくても

口約束レベルでも双方の合意があれば民法上の契約関係は成立する。

ただし、金銭を授受する関係上、双方が条件等を確認と承認をした

契約書はあって然るべきで、無い方がかなり不自然とだけは言っておく。
芸能事務所では、契約書を交わしているケースの方が小数だが、

交わしている場合でも、タレントに不利な部分が記載された契約が多い事は指摘しておく。


今回のいわゆる闇営業問題は、

報道ではタレントたちの暴走行為と捉えているが、

管理側の吉本興業にもかなりの問題があると見るのが公平だろう。

吉本興業からすればタレントにルール違反をされた上に損害まで出ていて

トンデモないと思っているだろうが、

そういう事を含めて管理をするから、高い手数料や信用に見合う訳で、

仮にタレントが水面下でやったルール違反であっても、

高い手数料を取る事で有名な吉本興業の管理責任を免れる事では全くない。


吉本興業の芸人さんたちは、自分たちへの支払い時に支払明細をもらっている事を

公言しているから、多分そうした支払い処理をしていると推定される。

但し、その明細にマネージメント手数料や

控除された経費が記載されているとは言っていない。

従って、番組名と各支払額もしくは

支払い総額及び源泉税だけが記載されているのかもしれない。


タレントのギャラは、「タレント派遣料+事務所手数料+経費」が包括されている。

大抵の場合、タレントは、自分の本当のギャラの総額を知らない。

芸能事務所にとって、タレントの総額ギャラは最高機密情報で、

役員と担当やその上司位の間でしか共有されない。

テレビの出演は契約書を交わさないし、CMの場合でも

出演契約書に捺印するのは事務所の代表者で、タレントは署名捺印しない。

従ってタレントは本当のギャラ額を知る術が殆どない。


タレントが知らない形態になっているのは、

知られると手数料や経費の控除がどのくらいかが分かってしまい、

それについて論理的な説明が出来ない部分が多く、事務所側が困るからだ。

不思議な話だが、これは現実にそういう事が横行している。


但し、事務所側の立場としては、タレントを売り出すために様々な人たちと会い、

飲食等で関係性を作り、仕事の情報を得て時間をかけてブッキングに結び付ける。

また売り込みの際に先行投資される金銭も、いずれ回収しなければならない。

マネージャーの給料も稼ぎが余りないタレントの場合は事務所の持ち出しになる。

また担当者が多数のタレントを抱えている場合、

誰にどの程度の経費をかけたのかを

完全に仕分け出来ない面があるのは事実だ。

加えて育成費、衣装代などは事務所が立替的に支出する事もある。

そうした先行的な支出をタレント側の経費とする事務所は多いが、

タレント側からすると、自分のギャラから控除されるのは、

結局自分が支払っているのと同じだろうという感覚にもなり違和感を持たれる。


しかし稼いだ以上に経費を使えば赤字になり、

ある時期の赤字を覚悟でタレントを売り出している事務書からすれば

回収期間が欲しいのは正当な理屈だ。

しかし、こうした金銭の動きを論理的に運用している事務所は皆無に近い。

これは管理部門と支出経費に個別の管理コードをつけて金銭管理をする必要があり、

手間がかかるからだ。

しかし、本来はすべきことで、やっていない事務所は管理体制が三流なだけだ。


いずれにせよ、タレント側は、振り込まれる金額が

彼らの認識できるギャラであり、

その前段階で幾らがどのような名目で控除されているかは全く分からない仕組みだ。

過去にこうしたケースで、鈴木あみ氏(当時)が所属事務所と係争になった事がある。

彼女は自分が控除されている経費等が不当だと争った訳だ。

判決は、「事務所代表が逮捕され、歌手と事務所の信頼関係は崩れていた」として、

鈴木氏側が勝訴。

しかし「出演料の明細を明らかにする」という要求は認められなかった。


現代においてもタレントたちは、良く言えば信頼関係、

悪く言えば前近代的システムの中で仕事をしていると言っていい。

芸能界に居ればそれは当たり前だが、

一般的な企業群のビジネス行為としてはかなり古色蒼然としている。


こうした不明瞭で不透明な商習慣が、

宮迫氏クラスのベテランでも闇営業に踏み出してしまう

遠因になっていると言っていいかもしれない。


誤解無きように言っておくが、そういう背景があった上でも、
今回の反社会勢力と思われる集団の宴会に

ノコノコ営業に行ったタレントを擁護するつもりは全くない。

仮に後輩のために心意気だけで出演をOKしたとしてもだ。


少なくとも宮迫氏は、会社員なら本部長級以上の立場のタレントだ。

冠番組を持ち、社会的影響も大きい。
後輩への背中を見せる立場でもある。

そういう立場の人間は、経験等で様々な判断ができると見なされている。

従ってこうした三流現場の三流営業に顔を出す事が

自分の価値としてどうなのか?、後輩に背中を見せている事になるのか?を
理解出来ていないとすれば、タレントとしては三流の烙印を押されても仕方なかろう。


また、彼らが貰ったギャラは、元は詐欺にあった被害者の金かもしれないのだ。

仲立ちをした入江とか言う主犯芸人は、

自分が紹介した相手の正体を知っていたようであるから、

罪の重さは格段に違う。



報道によれば、吉本興業は、1000件近い案件への対応と

多額の損金が出るだろうと言われている。

吉本興業からすれば自分たちも被害者と言いたいだろうが、

タレント管理者としては、「共犯」であると言った方が正確だろう。

また損害においても、歩合に応じた過失があると認められるため、

事務所とタレントの配分率に応じた損失額の負担を求められる事になる。

つまり理屈からしたら、手数料率の高い方の損害金銭の負担が重くなるのが自然だ。

自業自得である。


しかし報道には吉本興行の管理に言及した記事は殆ど見当たらない。

全てタレントだけが悪者だ。

しかしそれはオカシイ。

多数のタレントがこうした闇営業をしていて発覚しなかったのは、

単に吉本興業がタレントの動向を把握していなかったというだけにも見える。


担当マネージャーらは一体何をやっていたのだろう?

仮にオフの日でもタレントの担当マネージャーなら、

一定の情報を把握しているものである。


もちろんGPSをつけて把握している訳ではないので、

限界はあるが、日頃の人間関係があれば、ある程度は把握できる。


また、闇営業は、芸人仲間内では知っているケースが多く、

事務所の人間の中にも噂以上に知っている関係者がいると見るのが普通だ。

ただ、ベテランタレントらのアルバイト行為を

目下のスタッフが上司にチクったり、本人に警告したりするのは中々難しいだろうが、

そういう機能を事務所が持っていなかったとすれば、それはそれで問題だろう。
そういう意味で本件は吉本興行の管理や運営、タレント教育、経営体制に端緒があると考えるの常道で、
タレントの軽はずみな行為は、タレントの無知と事務所との連携の無さから生じていると見た方が自然だ。


いずれにせよ、これだけの数のタレントの闇営業の動きを

把握できなかったというのは、

芸能事務所の管理として余りにも杜撰と言われても仕方ない。

マネージャーらは、ただのお世話係しかできないのか?と言われるだろう。


本件の吉本興業側の情報開示も不透明さが増す中で、

番組からクライアントの撤退が見え隠れする中、

国民の財産である電波で事業をしている放送局の対応も興味を引くが、

いずれにせよ、改めてタレントと事務所の契約環境や管理体制を考えなおし、

芸能界といってももう少し近代的な運営をなさった方が良いのではと感じた次第だ。

特に年間300億円以上の被害をもたらす犯罪行為をする連中を利するようなタレントは、

そもそも業界から駆逐するくらいの厳しい対応をしないとメッセージにならない。


暫く謹慎して来年辺りから出て来る噂もあるが、

時間経過に伴う忘却を理由にテレビ局側がそれを許せば、

そういう連中の行為を暗黙に認めているという事になり同罪になる。


会社員ならもっと分かりやすいが、同じ事が起きたら懲戒解雇かそれに類する辞め方になるだろう。

こういう辞め方をした会社員の再就職は本当に厳しいのが現実だ。

芸能界だけ特別という感覚は、誤った特権意識の現れで、

そろそろ世間並にしておいた方がいいだろう。

吉本興業の社長会見を見ていて、この人物が世間的な経営者じゃない事は明らかに理解できた。
芸能界の社長としては優秀なのだろうが、一般的な経営者としては、落第の人物だ。
大崎会長も、契約書締結を認めないと発言している辺りからして、会社経営者としては全く埒外の人と言っていい。簡単に言えば吉本興業は、父ちゃん母ちゃん経営のレベルなのだ。


しかし、あれだけの影響力を持つということはそれだけ経営者の責任が重いという当たり前の事を

事務所のトップ、またタレント各位、加えて業務取引をしている放送局は自覚して欲しい。



こんな記事を書いていたら、似たような視点の記事を見つけました。
やはりそう思うよね・・という感じ。



吉本芸人の「闇営業」を生んだ構造的問題──果たして責任はタレントだけにあるのか?:




吉本興業芸人の「闇営業」 低いモラル、企業統治のあり方に疑問も:















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NGT48という「プロジェクト・マネージメント」の考察 [独り言]

NGT48という「プロジェクト・マネージメント」の考察



NGT48暴行事件の温床、私的つながり求める「厄介」ファン 

危機管理失敗した運営の罪、今も続く臆測







NGT48暴行事件、まあ、面倒な事になっている。

ファン全体から見れば非常に少数の「厄介」ファンの存在が、

このAKB系のビジネスモデルを崩壊の危機に至らせようとしている。




悪貨は良貨を駆逐するの習わしの通りだ。




今回の件はこの手のビジネスの想定したリスクの中でも最悪に近い事象が起きている。

またマスコミ等の周囲は、運営側の危機管理の失敗と断じている。




果たして本当にそうなのだろうか?




確かに運営側の対応について

様々な瑕疵が見つかり、反省点も多い。

それは事実だろう。




また、記者会見で、対象となっているメンバーから

反論がツイートされるなど、

一昔では絶対に考えられないような事態が起きている。

大変な時代になったものだと思う。




当事者は双方共に、大変な状況に置かれていることが想像される。




さて、今回の件、どうしたらこのリスクを避けられたのだろうか?

それともそもそも回避は無理だったのか?




まず、少数の「厄介」ファンの最悪なリスクへの対応ができるか考えてみよう。




少数が起こすだろう、付きまとい、個人的接触、過度な要求等などを想定すると、

一番のヘッジ方法は、メンバー全員をスタッフが完全隔離した生活環境と職場環境に置くしかない。


つまり、メンバーはNGT48に所属している間、プライベートを失う覚悟を持つ必要があり、

スタッフは24時間体制で彼らを管理下に置く覚悟をすることになる。

当然だが、関係各個人のメール、SNSなどの利用制限、または利用確認をされることが前提になる。


また、関係者やメンバーたちは、「厄介」ファンや「厄介」ファンに準じる連中から

リスクヘッジできるだけの物理的、空間的距離を取れるようにし、またそれらを常に確認し、

また想定外の事態への対処も出来ているかを常時確認をする必要を迫られる。


危機管理を本気でするなら当然この程度は止む得ない。


しかし、果たしてそこまで管理することは現実的に可能だろうか?

またそうした管理は、人権的な観点、労働基準法等で容認される範囲なのだろうか?
加えて長期に渡ってこうした事は可能なのだろうか?


そもそも、AKB系のビジネスモデルはファンと関係者間の距離の取り方に対するリスクを常時内包している。

従って上記のようなリスクに対して

完全無欠な危機管理を施そうとしたら、法律的、道義的な壁によって対応が不可能となり、

従ってAKB系のビジネスモデルは維持不能になるだろう。


ある元AKBメンバーが、本件について自身の出演しているテレビ番組内で

関係スタッフの対応について、

不満や苦言を呈していたが、私はかなり違和感を持った。



少なくとも、こうした多数が絡み長期に渡る仕事では、
様々な危機管理方法について、

関係スタッフ側とメンバー各位が同じレベルの認識を持つ必要があるが、

こうしたリスクへの認識と対応は、「スタッフ側だけの対応」では絶対に出来ない。


NGT48のメンバーには酷な言い方だが、本件は、一部メンバーの厄介ファンというリスクへの

意識と認識の低さにも問題があったと言っていい。

それを全く無視していては、本来的な意味でのこの問題解決は不可能だ。


もちろんキチンとリスクを理解していたメンバーもいたと推察され、
自立的に行動したいた人たちもいる訳なのだが、

悪貨は良貨を駆逐するの習わしの通り、

一部のメンバーの不用意な言動が

本事件の大きな一因であっただろうことは否定できない。

これは管理側の現実的な対応範囲からすり抜けてしまったからだろう。


こうした事を避けるためには、

メンバー、関係者がプロジェクトを進行させるために必要な
統一したルールと認識を共有している必要がある。

メンバーからすれば、タレント活動以外の負荷が生じ、違和感を持つだろうが、

AKB系のビジネスモデルを維持し、自分たちもその恩恵を得ようと思ったら、

メンバー側の高い意識と協力がなかったら実現できない。

スタッフ側におんぶの女王様待遇を期待していては無理なのだ。

理由は、厄介ファンへのリスク回避は非常に困難な事例であり、
チームが大所帯であり、チーム一丸で事に当たる必要があるからだ。


NGT48はビジネス的に言えば「プロジェクト」だ。

「プロジェクト」は有能なマネージメントがリーダーとなり、

参加している各メンバーの高い意識によってしか成功しない。

特に大型プロジェクトはそうだ。

「プロジェクト」の成功の最低要件は、関係者(メンバー、スタッフ等)が

キチンとした組織構造基づいて、一定のルールと時間軸と目標を共有することだ。

こんなのは、サラリーマンなら社会人数年以内に学ぶ「いろはのい」である。


今回はそれをすらやっていなかったのだろうと思う。
特にやっていなかったのは、メンバー内の組織構築だと思っている。

そういう意味で、スタッフ側のマネージメントトップには大きな非があるだろう。


これは想像だが、AKB48の場合は、現場レベルで彼女たちの全体を取り仕切る人物がおり、

尚且つメンバー内にメンバーを束ねる人材が内部にいたのかもしれない。

これは一定程度の人数範囲をカバー出来る人材がいないと組織の長期維持は困難だからだ。


スタッフ側が日常的なメンバーの活動のために

最良の周辺環境を整えるのは当然の仕事なのだが、

同時に個別のメンバー自身のコアな部分、つまり私的な環境の管理そのものは、

本来的にはメンバー個々人の範中だ。

こういうと驚く人が多いかもしれないが、当たり前の事だ。

自己管理も出来ない人間にプロの世界は務まらない。

それがプロの世界で働く者としての最低限度の矜持というものだ。

もしそれに違和感があれば、メンバーとして参加しなければいいだろう。


その上で、少数人数の集合隊のメンバーを束ねる人材が必要で、
出来ればメンバー内に適数居た方がいい。

会社で言えば「管理職」に当たる人材だ。

組織にはそういう筋交いがないと維持が難しい。

現場感覚を身近で理解出来る人間がいないと

不満やデタラメが横行し始めるからだ。


今回の一連の騒動を見ていると、

そもそもこのようなビジネス・プロジェクトを理解しておらず、

加えてプロっぽくない人たちの集合体が引き起こした問題のように見える。

もちろん関係者の多くはプロだろうし、中にはキチンとやっている人も多いのだろうが、

結果だけ見れば全くそのように見えない。

それはメンバーたちの振る舞いにも言える。


加えて「厄介」ファンの行動は明らかにルール逸脱だ。

まあ、そういうレベルの低い連中を呼び寄せてしまう当りも反省点だろう。



プロの中に低レベルのアマチュアが紛れ込んで結果的にぐちゃぐちゃになった、

外野の一般人の視点から見ていると、今回の騒動はそう見える。



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クライアントが番組視聴率を簡単に正確に知る方法 [独り言]

クライアントが番組視聴率を簡単に正確に知る方法
もしこのアイデアを既に実現している人か法人がいたら
このブログの記事は、全く無意味なので、そうであれば是非指摘してください。
(もしくはこのアイデアそのものが無理筋という可能性もあります・・)
地上波、BSにしろ、日本の放送視聴率はビデオリサーチ社が行っており、
主にこの数値が公表され、公式となる。
さて、公開情報だけで推定するとビデオリサーチ社はサンプリング調査をしており、
その数は、統計学上の要件を満たす世帯数(900世帯程度)で対応している。
なお。この場合の誤差は上下2%程度というので、
10%と言っても9%~11%程度までの間のどこかという事になる。
9%と11%ではテレビ業界にとって雲泥の差なのだが、
大抵の場合、上の数値が公表数値となる。
さて、現在、視聴者の視聴方法は電波経由とは限らない。
J:COMなどのケーブル局があるからだ。
J:COMの公表数値によれば視聴世帯数は、2018年末で1,381万世帯(全国)だそうだ。
実は、J:COMなどの大手ケーブル局は
契約者とセットトップボックス等を経由して繋がっているので、
視聴者の視聴動向を100%補足している。
もう理解出来ていると思うのだが、
J:COMなどの大手ケーブル局は、全視聴世帯の視聴率を集計出来、
また実際にしている。
おまけに地域分布や様態も判っているはずだ。
仮にJ:COMが1,381万世帯のこうした視聴率データを持っているとすれば、
ビデオリサーチ社よりは遥かに正確だろう。
またこれだけのサンプル数だと統計学上の誤差は殆ど無視できるほどない。
つまりこのデータは法的に問題がなければ売れるはずのデータなのだ。
大手広告代理店経由で地上波やBSの広告枠を買っているクライアントの多くは、
ビデオリサーチ社の視聴率に対して枠の金額を支払っているはずだが、
仮にJ:COMなどが持っているデータを入手し、それを比較したら、
確実な視聴の数値を把握でき、加えて広告料についても適切かどうかが判る。
そういう事をやっているというクライアントを聞いた事がないが、
不思議な話である。
但し、ビデオリサーチ社は1世帯を8台の機器で調査出来るため、
家族個別の視聴率やカウントはこちらの方に優位性がある。
さて。

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